focus - 004 諦観 feat.楓

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 正司くんはグルメじゃない。しかも料理ができない。それが、一緒に暮らし始めて一番の驚きだった。  十歳も年上だと、完璧なイメージがついたって仕方がない。  頭のてっぺんから足のつま先まで真面目な正司くんは当然、炊事洗濯掃除もなんだってできると思っていた。  流石に洗濯や最低限の掃除はできるみたいだったけど、意外と片付けと料理がダメで、私が来るまでずっとコンビニ弁当だったらしい。  今の時代、できなくたって困らない。コンビニのお惣菜は年々美味しくなっているし、お弁当だってなかなかのボリュームだ。栄養の偏りなんて、サプリメントでなんとでもなる。  らくちん料理でもなんでもいいから、手で作った温かいものを食べてほしい。なんてのは、きっと私のなけなしの母性なのだろう。 「しばらく煮たらできるから」 「楽しみだな」  私だって楽をするときはある。近所のスーパーのお惣菜は、手軽に揚げ物が食べられて良い。  けれど料理をした時に、正司くんはいつも楽しそうにしてくれる。それが嬉しくて、私は私のために料理を作っている。 「俺も料理覚えないとなー」 「え、するの?」  二人で洗濯物を畳みながら、彼がそんなことを言う。  思春期でもないので、一緒に洗濯物を回すし、下着を畳まれたって恥ずかしくない。初めは少し照れ臭かったけど、今となってはただの布だ。 「楓にばっかりさせるのもな」 「へー、そんなこと気にしてたんだ」 「そりゃ、本当なら俺が楓に体にいい物を食べさせる側だろ」 「わはは。そんなの最初から期待してないよ」 「酷いやつだなー」  だって、正司くんは私の親じゃないんだから。  軽口を叩きながら、手際よく片付けていく。  私の服は、リビングの端にあるカラーボックスに入れる。突っ張りポールでカーテンのようにして、一応目線を隠している。 「収納も、もっと増やしていいんだからな」 「聞き飽きたって。欲しかったら買うから大丈夫だよ」 「本当は部屋もなー、逆の方がいいよな」 「いいんだって」  どうせ私は大学生活が終わったら出ていくのだ。家主が一部屋持つことの、一体何がおかしいのだろう。  私の荷物が少ないことも、年頃の娘がリビングで寝ていることも、私が家事を率先してすることも、正司くんは少し気になるらしい。でも私はこの生活に不便を感じていない。 「料理、覚えるなら何がいい?」 「え、本気? 本気なら、お味噌汁かカレースタートでしょ」 「そんなレベルかー」 「出汁は顆粒でいいけど」 「手抜きだなー」 「こだわらないなら楽しないと、長続きしないよ」  その言葉に納得したらしく、けれど何か納得していないらしく、正司くんはうーんと考えこんでいる。  私は放置していた鍋の蓋を開け、中身を確認した。  金色の出汁が良くしみた、美味しそうな白菜、大根。火の通ったつみれ。これなら全部美味しいに決まっている。 「できたよー」  声をかけると、正司くんが鍋掴みを付けて、コンロから鍋を奪っていった。  私は鍋敷きを持ってリビングのローテーブルのど真ん中にそれを置く。お玉を乗せる用のお皿と、別に鍋用でもなんでもないお玉。若い男性の家なんて、百パーセント食器が揃っているわけじゃない。 (鍋用のレンゲ、買おうかなあ)  寒くなってきたし、鍋はこれからも頻繁に食卓に登場するだろう。普通のお玉じゃ、食卓で使うにはちょっと長い。
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