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正司くんはグルメじゃない。しかも料理ができない。それが、一緒に暮らし始めて一番の驚きだった。
十歳も年上だと、完璧なイメージがついたって仕方がない。
頭のてっぺんから足のつま先まで真面目な正司くんは当然、炊事洗濯掃除もなんだってできると思っていた。
流石に洗濯や最低限の掃除はできるみたいだったけど、意外と片付けと料理がダメで、私が来るまでずっとコンビニ弁当だったらしい。
今の時代、できなくたって困らない。コンビニのお惣菜は年々美味しくなっているし、お弁当だってなかなかのボリュームだ。栄養の偏りなんて、サプリメントでなんとでもなる。
らくちん料理でもなんでもいいから、手で作った温かいものを食べてほしい。なんてのは、きっと私のなけなしの母性なのだろう。
「しばらく煮たらできるから」
「楽しみだな」
私だって楽をするときはある。近所のスーパーのお惣菜は、手軽に揚げ物が食べられて良い。
けれど料理をした時に、正司くんはいつも楽しそうにしてくれる。それが嬉しくて、私は私のために料理を作っている。
「俺も料理覚えないとなー」
「え、するの?」
二人で洗濯物を畳みながら、彼がそんなことを言う。
思春期でもないので、一緒に洗濯物を回すし、下着を畳まれたって恥ずかしくない。初めは少し照れ臭かったけど、今となってはただの布だ。
「楓にばっかりさせるのもな」
「へー、そんなこと気にしてたんだ」
「そりゃ、本当なら俺が楓に体にいい物を食べさせる側だろ」
「わはは。そんなの最初から期待してないよ」
「酷いやつだなー」
だって、正司くんは私の親じゃないんだから。
軽口を叩きながら、手際よく片付けていく。
私の服は、リビングの端にあるカラーボックスに入れる。突っ張りポールでカーテンのようにして、一応目線を隠している。
「収納も、もっと増やしていいんだからな」
「聞き飽きたって。欲しかったら買うから大丈夫だよ」
「本当は部屋もなー、逆の方がいいよな」
「いいんだって」
どうせ私は大学生活が終わったら出ていくのだ。家主が一部屋持つことの、一体何がおかしいのだろう。
私の荷物が少ないことも、年頃の娘がリビングで寝ていることも、私が家事を率先してすることも、正司くんは少し気になるらしい。でも私はこの生活に不便を感じていない。
「料理、覚えるなら何がいい?」
「え、本気? 本気なら、お味噌汁かカレースタートでしょ」
「そんなレベルかー」
「出汁は顆粒でいいけど」
「手抜きだなー」
「こだわらないなら楽しないと、長続きしないよ」
その言葉に納得したらしく、けれど何か納得していないらしく、正司くんはうーんと考えこんでいる。
私は放置していた鍋の蓋を開け、中身を確認した。
金色の出汁が良くしみた、美味しそうな白菜、大根。火の通ったつみれ。これなら全部美味しいに決まっている。
「できたよー」
声をかけると、正司くんが鍋掴みを付けて、コンロから鍋を奪っていった。
私は鍋敷きを持ってリビングのローテーブルのど真ん中にそれを置く。お玉を乗せる用のお皿と、別に鍋用でもなんでもないお玉。若い男性の家なんて、百パーセント食器が揃っているわけじゃない。
(鍋用のレンゲ、買おうかなあ)
寒くなってきたし、鍋はこれからも頻繁に食卓に登場するだろう。普通のお玉じゃ、食卓で使うにはちょっと長い。
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