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それから、田舎暮らしの退屈は少しましになった。
俺は連日こっそり屋敷を抜け出して、森へ向かう。するとだいたいジャンスも来ていて、森の中を案内してくれる。
うかつに足を入れると雪が崩れて崖下まで転がり落ちてしまう場所。真冬でも最後まで凍らない沢。秋の間に小動物が隠しておいた木の実を見つけたら、失敬するのは三分の一だけにしておいてやること――などなど。
ここに連れてこられた頃には、退屈な雪に覆われた森はさほど面白い場所とも思えなかった。冬枯れの木立と表情のない大地は牢獄めいてさえいた。
だがジャンスは実によく森を知っている。明るい青色の瞳で、多くのものを見、それをおれにも教えてくれた。その知識に触れた今、おれの目に映る景色は格段に色彩を増していた。
始めに、他の村人に黙って子うさぎを喰ってしまうという小さな秘密を共有して、気安い気分になっていたのだろうか。ジャンスは自分の家のことを時折ぽつぽつと漏らした。
あばらやに、飲んだくれの父とふたり暮らしをしている。
幼い頃には学校に通っていたが、今はそれも辞めて、荷運びなどの仕事で日銭を稼いでいる。
冬は仕事が減るから獣を捕ってそれを食べたり、パンと交換してもらったりしている。
断片的な呟きをまとめると、だいたい、そんなようなことが推測できた。
姉は、どこかの街の娼館に売られていってもういない。
森に来るのは獣を狩るためでもあるが、父親にいる家になるべくいたくないからでもある。
そんなことをぽろりとこぼした翌日、ジャンスはいつもの時間に顔を出さなかった。
喋りすぎてしまったと、己を恥じる気持ちはわからなくもない。
そもそも約束しているわけでもなかった。
俺は、森に来てすぐ仕留め、ジャンスの見よう見まねで血抜きをしておいた子うさぎに小さく告げた。
「……すまなかったな」
人は生まれを選べない。
それはおれが慰めを言ってどうにかなるものでもない。
また子うさぎでもあぶってふたりで食べたら、せめてつかの間は楽しい気分になれるだろうと、仕留めてあったのだが。
こっそり屋敷を抜け出してきている以上、持ち帰ることはできない。せめて雪を被せてやろうとしゃがむ。そのとき、こちらにむかって歩いてくる人影が見えた。
ジャンスだ。
近づいて、その手に提げているものがなんなのか気づいたとき、ふたりして顔を見合わせた。
その日は豪勢に子うさぎを一匹ずつあぶって食べた。
翌日からまた何事もなかったかのようにおれは森へ行き、ジャンスと会えば奴が父親のための狩りや薪集めを終えるまで待って遊んだ。
ときどきジャンスが顔に作ってくる傷のことは、気づかぬふりをした。
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