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セリン
「おまえ、なにしてる」
突然無遠慮な声をぶつけられたのは、森でのことだった。
まるで世界すべてを覆い尽くすような退屈な白い雪の上に、おれの仕留めたうさぎの流した血だけが鮮やかに赤い。
そいつは雪けぶりを巻き上げる勢いで、ずかずかと歩み寄ってくる。
年の頃はおれと同じ、十四、五だろうか。こんな田舎で栄養状態もさほど良くないだろうに、生意気におれよりはるかに背が高い。その恵まれた手も足も、どこかごつごつしているように見える。おそらくは日々の労働のせい。
「狩りだ」
「狩り? ならなんで置いてく」
「? 狩ったからだ」
母とふたりこの片田舎の屋敷に移されて数日、正直暇を持て余していた。だからこっそり抜け出して、久し振りに弓を引いてみたまでのこと。腕が鈍っていないことを確認できたのだから、あとは引き上げるだけだった。
「金持ちの道楽か」
そいつはチッと鋭く舌打ちした。
「いいか、俺たちは考えて森の生き物を狩ってる。冬の間、捕りすぎることがないようにな。おまけにこいつはまだ子供だ」
そうだ。的は小さい方が腕試しになる。が、どうもそういうことを言っているわけではないようだった。
「もう少し太らせてからのほうが大人数で喰えるだろうが。頭を使え」
こんな田舎の平民に「頭を使え」と言われてしまった。
むっとしてなにか言い返してやろうと身構えたとき、そいつは不意に言葉から緊張を解いた。
「まあ、それはそれとして、喰うか」
「は?」
態度の急変についていけずにいるうちに、そいつは「早く血抜きしないとまずくなる」とか「さっさと薪を拾ってこい」とかおれを急き立て、あっという間にうさぎを捌くと、こんがり丸焼きにしてしまった。
「ほら」
豪快に骨ごと裂かれた半身を恐る恐る受け取る。ぱちぱちかすかな音がするのは、表面で脂がはぜているからだ。こんなところでただ無骨に丸焼きにされただけのもの――と思っていたはずなのに、気づくとおれはその肉の塊に歯を立てていた。
「…………うまい」
飴色に輝く表面を音を立てて噛み砕くと、じゅわっと脂とうまみがしみ出してくる。それだけで、味付けなどいらないくらいだった。肉は柔らかく、噛み締めるたび肉自体が持つ味わいが口の中いっぱいに広がる。
屋敷での食事は、おれのもとに運ばれてくるまでにだいたい冷めている。調理したてのものを食べるのに慣れない俺がはふはふと不器用に口の中で転がしているうちに、あらかた食べ終えた其奴が、親指で口元を拭う。
「子うさぎはやわらかくて美味いな。いつもでっかくなるまで待つから」
子うさぎを捕るなと言った同じ口で、そんなことを言う。
むっとしかけて気がついた。
察するにここではふだん獲物がなるべく大きくなるまで待って捕らえ、人とわけるのだろう。ということは「わけるところの少ない子うさぎを喰うというのは贅沢」であり、もっとありていに言うなら一種の「裏切り行為」なのだ。
俺の顔色から、すべてを悟ったことを見抜いたのだろう。共犯者めいた顔で笑って、奴は言った。
「俺はジャンス。おまえは?」
「……セリン」
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