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Lesson 1『子供への対応』
「僕、ママが欲しい」
「えっ!?」
22歳の佐藤翔はお馴染みの真っ赤なサンタ姿、目を丸くして頭は真っ白。
「そこまで!」
外はすっかり暗く、教室の窓ガラスを黒く染めている。
50代男性の黒のサンタクロースは、下手側の教官席から壇上に登り、子役の男の子の両肩に優しく触れる。
「ありがとう」
子役の男の子は教官に促されて壇上から下りる。母親が待つ上手側に退いて、母の腕に優しく抱かれる。
壇上の佐藤と同じ赤いサンタ服を着て、椅子に座って見守る十数人の老若男女。
子役を雇えるのは法律で午後8時までと制限されているため、『子供への対応』を教える午後7時からの授業はいつも人が多い。
壇上で硬直する佐藤に、黒のサンタ教官は近寄る。
黒のサンタ教官は教室内の教習生全員に聴こえるように大きな声で喋る。
「なぜ止まった?」
「いや、まさか……あんなこと言ってくるとは思いませんでした」
「そうだ。君にミスリードさせるため、子役の母親が見える状態でママが欲しいと言わせたんだ」
「なるほど」
「答えに窮するのは仕方が無い。けど、黙るのはダメ」
「はい」
「難しいお願いだなぁ、とか、何とか言って、考える時間を稼ぐんだ」
「喋りながら考える?」
「そうだ。黙っていたら子供は無視されたと思う。聴こえないフリをされたとか。そうなると君へのイメージが凄く悪くなるから」
「分かりました」
「じゃあ席に戻って」
佐藤は壇上から下りて、自分の席に着く。
黒のサンタ教官は壇上の中央に立ち、黒板を背にして、教室のサンタ教習生達に語り掛ける。
「子供は大人の思いも寄らぬ質問をしてきます。質問の答えに正解はありません。ある子供には正解でも、他の子供は不愉快になる場合も有り得ます」
サンタ教習生達はノートにメモを取ったり、小雑誌程のB5判教科書に目をやったりしている。
教科書の項目は『サンタを信じる子供への対応』
「世の中には色々な子供が居ます。両親と幸せに暮らしている子供なら、それほど神経質になる必要は無いでしょう。しかし、両親或いは片親が欠けていたり、死別していたりする子供も居れば、両親から虐待を受けている子供も居ます。子供によってパパやママの意味するモノは違います。パパやママが居ない子供にとっては羨望の対象ですし、虐待を受けている子供にとっては不幸の象徴です」
頷く生徒、テキストを読む生徒、寝ている生徒……
「だからサンタは、どんな子供にとっても『幸せの象徴』でなければいけません」
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