十二単を乗り越えて

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「じゃあ次、十二単(じゅうにひとえ)を作ってくれる人〜」 クラス委員長で美人の工藤(くどう)さんが、チョークを振り回しながら、教室を舐めるようにして見渡している。けれど、誰の手も上がらないし皆、目すら合わせようとしない。 文化祭前のこの時期には、よくある光景。 まあ、言うなれば私も。その中の一人なんだけど。 地元の公立中学、三年三組。文化祭でやることとなったのは演劇。 『竹取物語風パロディ劇〜平安時代DEダンスバトル〜』 は?? 演者はともかくとして、その衣装係や大道具、小道具係などは本当に人気もなく、面倒くさいと皆が敬遠。実際、ぱっと見の製作物だけでもモリモリ盛り過ぎて、放課後に居残りの刑に処せられるのが目に見えている。 ガッツリな製作を避けて、こじんまりな音響か小道具辺りでいいや、なーんて思っていると。 「はいはいはいー!」 お、珍しく立候補のヤツがいる。男かあ。男なら大道具で決まりだな。即決オッケー助かります。 そんな風に、ぼんやりと思っていたら、予想外の言葉に私は耳を疑った。 「衣装係でお願いします!」 え? 右手。私の右手。そこに私の意思は全く宿っていない右手が、勝手に上がっている? 「この松葉柚(まつばゆず)にお任せあれ!」 私の右手を堂々と掴み、高々と上げているこの人物、高宮康太(たかみやこうた)は、とにかく普段からでかい声なのだが、今回もそんなリミッター外しのバカでか声で、教室中の面々に私を紹介した。 待て待て待て。何を言っているのだ? 勝手に人の右手を操るんじゃない。 「え、と? ちょっ……とっ!」 動揺を抑えながら、右腕をなんとか下ろそうと試みる。けれど、野球部ピッチャーで四番の高宮康太の馬鹿力からはそうそう逃れられない。黄金の腕とか言われているその右手で掴まれているのだから、私の非力な力で1ミリだって動くわけがない。 腕を握る高宮の手に、ぐっと力がこもる。 「え、松葉さん?」 「なんで松葉さん?」 クラスの女子に与えているその動揺は、衣装係がどうとかではなく、野球部ピッチャーで四番でちょっとした有名人的ヒーローな高宮康太が、私の腕を掴んでいることに起因している。のだと思う。 それでも構わず、高宮康太はさらなるでかい声で、信じられないことをのたまった。 「こいつ、こう見えて! すげえコスプレ衣装作ってるんだぜ!」 その言葉。耳に入ってから私の脳へと伝わる前に、教室でわあああっと、声が上がった。 上がってしまった。 「うっそー、マジで?」 「なになに、松葉って、コスプレーヤーなの?」 「信じられん、クラス(いち)……」 ——根暗女子なのに。 (いやああぁぁあああ) 三年三組は、めちゃくちゃ明るいクラスだ。他のクラスには見ない、盛り上げ上手のメンバーが揃っている。体育祭も盛り上がった。修学旅行も盛り上がった。 男子が騒ぐ。女子はそのノリについていく。女子がそれ以上に騒ぎ始めると、男子がさらに盛り上がるという、相乗効果。 自分で言うのもなんだが、大人しい性格で根暗でビビリな私が、どうしてこのクラスに配置されちゃってるのかという、大いなる疑問。その事実、何度恨めしく思ったことか。 頼みの綱の担任はと言うと、他のクラスの担任から苦情が来てるぞぃと、嬉しそうに苦笑い。容認ですよこれ。副担も含めて、この雰囲気楽しんじゃってるもん。 (だからって私まで巻き込まなくてもいいじゃんかっ!)
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