母の叫び声

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若菜が壊れるまで何度も抱いたあの夜に授かった子供。 僕たちの中に産まないという選択肢は無かった。若菜はもちろん僕と血が繋がっていないと思っているから産みたいと思っていたし、血が近いと知っていても、僕も家族が欲しかった。若菜との子供を授かって、嬉しくないはずがない。 生まれた子供は、色素が薄い若菜よりももっと、色が白かった。 もっと、という言葉は適切ではない。 銀色に近い金髪に、青い目。けれど僕と若菜によく似ている男の子。 「え?真っ白な子が生まれた?心配しなくていいよ。昔はねー、そういう子は神様の子だって言って大切にしたんだよー。おっきくなったらうちの神社でバイトするといいよ、お母さんと一緒にね?若菜ちゃん、大丈夫だよ」 混乱した若菜が有紀さんに電話を掛けると、心配ないと明るい言葉が返ってきた。 「でも、有紀さん……」 「あなたたち夫婦が不思議な縁で結ばれたでしょ?子供も不思議な子が生まれても変じゃないよ。大丈夫。大事に育ててあげて。近いうちに会いに行くから」 僕たち夫婦には、有紀さんと有輝の姉弟が僕たちの親戚のようなものだった。 僕はネットで調べまくった。 二万人に一人の遺伝子疾患。血が濃いからそうなるという根拠は無いと書いてあった。 たまたまくじを引き当てたのか。 でも。 色が白くて、肌や目に刺激のある日光や光に気をつけないといけないこと以外は、何か特別に身体の悪い部分も無く、子供は健やかに育ってくれている。 「ねえ蒼月さん。子供の名前なんだけど、蒼月さんの名前って青色でしょ?私の名前は若菜で緑色だから、その色が混じった色がいいと思うんだ」 「色で付けるの?名前」 「ダメかな?青緑色ってきれいじゃない?この漢字って宝石って意味もあるんだって」 (あおい)。 僕らは子供にそう名付けた。碧玉のように輝き強くあってほしいと。 どこから本家筋が聞きつけたのか、僕に子供が生まれたことを知った伯父が連絡をしてきた。 「おめでとう。子供が生まれたと聞いたが」 「はい、ありがとうございます」 「誰と結婚したんだ?」 これは言わないといけないだろうか。 「言いたくないです」 「……若菜だろう?少し調べたらわかる。どうして兄妹でそんなことになったんだ。恵美子さんは知ってるのか?」 「僕が調べた限りでは、僕と若菜はほとんど血は繋がっていないはずですが。母は……今は体調が悪いので」 「あ、ああ、そうだな、そうだった。どうしても兄妹だという印象が強くてな……。恵美子さんは今どこの施設にいるんだ?」 「言わないといけませんか」 「恵美子さんに何かあった時に、お前だけでは心細いだろう。一応義理の妹になった人だ」 僕は渋々その施設の名前を告げた。母は退院して、またあの施設に戻っている。 「ありがとう。機会があれば見舞いに行くようにする。そうだ、子供は五体満足か?」 何故そんなことを訊くのだろう?昔の人だから誰にでも訊くのかもしれない、と受け流した。 「はい、おかげさまで」 「それなら良かった。安心したよ、元気なのが一番だからな」 伯父は快活に言って電話を切った。 子供が生まれて二か月、音沙汰の無かった母のいる施設から電話が掛かった。 「お母様が亡くなられました。できるだけ早くお越しください」 「事故ですか?なぜ急に⁈」 「施設の裏手のダムから、身を投げて……」 有紀さんと有輝に事情を話し、有紀さんに家に来てもらうことにした。 「若菜、心配ない。母さんもいい年齢だったから」 「蒼くん、若菜と碧ちゃんは任せといて!」 「お願いします」 もちろん死因を産後間もない若菜に話せるはずもない。若菜を有紀さんに託し、店を道方さんに任せ、僕は施設に向かった。 施設に着くと警察もおり、この度は大変な事でしたと言われた。遺体の確認は、バラバラになっているので施設職員等で行ったという。 「すぐに火葬をなさった方が良いかと思います。寒いとはいえこのような状態ですので」 「お願いします」 このような事はあるのだろう、施設の職員が慣れていて火葬の連絡をしてくれた。 「あの、どうしてこんなことに……」 「特に変わったことはありませんでしたが、一週間前ほどに義理のお兄さんという方が面会に来られて……」 守伯父さんだ。 「それから様子が?」 「ひどくふさぎ込まれて、あまり食欲もない様子でした」 「そうでしたか……」 「木次さん、お母様の荷物は遺品になりますのでお引き取り頂いてもいいでしょうか?不要なものは、こちらで処分いたしますので、どうぞ」 僕は『つゆ草』と書いてある部屋に連れていかれた。 「ダンボールもお持ちしますので」 「ありがとうございます」 僕は母のいない部屋に一人残された。 スマホを取り出した。伯父の電話番号を探してタップする。 「もしもし。蒼月か?どうした」 「伯父さんこんにちは。今いいですか」 「いいぞ」 「伯父さん、母さんの面会に行かれましたか?」 「ああ、行ったよ、一週間くらい前に」 「そうですか。どんな話をされたんですか?」 「元気そうで良かったとか、そうそう、蒼月に子供が生まれたって……」 やっぱりそうか。伯父が言わなくていいことを言ったのだ。 「……伯父さん、」 「何だ?」 「母さんがダムから投身自殺しました。今施設にいます」 「何だって⁈恵美子さんが?無事なのか?」 伯父が焦った声で言う。ダムに身投げした人間が生きてるかどうか確認するなんて本心なんだろうか。 「おかげ様で、バラバラになって死にました。嬉しいですか?」 「——おい、蒼月!」 そんなはずが無いだろう!と叫ぶ伯父の声が微かに聞こえた。 僕は画面をタップして電話を切った。 母の荷物の中に、アルバムと写真の束があった。もしかしたら何か僕と若菜について母親が危惧していたことがわかるかもしれない。写真とアルバムの詰まった紙袋を車に積んだ。 「木次さん、こちらがお母様の通帳と印鑑と、キャッシュカードになります。お預かりしておりましたので、ご確認ください」 「はい」 その他諸々の書類を書くなどしていると、別の職員がやって来た。 「火葬、二時間後に可能だそうです。場所はこちらになります。ここから車で二十分ほどです」 火葬場までの地図を渡された。きっと、こういう場合に備えて予定をねじ込めるコネクションもあるのだろう。 「……ありがとうございます」 本当は、若菜も一緒に送る方がいいだろうが、母が母親だったという記憶が戻らない。僕一人で火葬し、有輝と有紀さんに神式で葬式をしてもらおう……。 「お荷物はそれだけでよろしいですか?」 僕の手には小さな紙袋が一つだけ下がっていた。 「はい、後はお手数ですが、処分をお願いします」 「わかりました」 「長いこと母がお世話になりました」 僕は職員に頭を下げて施設の自動ドアをくぐった。 火葬を待つ間、ロビーの隅で僕は母が持っていた写真を見ていた。 僕が若菜と一緒に写っている写真がこんなにあるなんて知らなかった。 写真の中の僕は、赤ちゃんの若菜の足の甲にキスをしている。 やっぱりそうだ。 僕はこんな時から若菜じゃないといけなかった。 胸が詰まるような光景だった。 少し大きくなった別の写真では小さな子供の僕は、本気で若菜を抱きしめていた。 父親が危惧するのもわかる。僕はこの頃から、どうしてかは分からないけれど、女性として若菜が好きだったんだ。 ”蒼月五歳、若菜二歳・どこに行っても一緒、森林公園にて” ボールペンで裏に走り書きがされている写真。僕は花畑の中で若菜を後ろから抱っこして、二人で笑顔で写っていた。 様々な場面がスナップ的に写されている写真の中で、自分でもぞっとする写真が見つかった。 男の手……おそらく片手でカメラを握った父親の空いた方の手が若菜の腕を掴んで引っ張っている。カメラを構えた父を睨む僕の視線は、”僕の女を取るな”というはっきりとした意思表示をした男の目だった。 「……俺は、こんな歳から何で……」 苦笑いしか出ない。一体どうして、僕はこんなに若菜に惹かれているのか。 有紀さんが言っていたな。魂がどうとかって。 きっとそうだ。そうじゃないと説明がつかない。 生き別れて、それでもまた出逢って、僕の元に戻って来た人。 大好きだ。 若菜……。
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