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最初で最後の旅行
有紀さんにだけは伝えておこう。世の中では決して許されない間柄の僕たちを、受け入れてくれる人が欲しかった。多分、有紀さんなら……。
それでも碧が一歳を迎えるまでは逡巡した。
「有紀さん、いつか話しに行っていいですか?」
「いいよ、いつでも社務所においで」
「有輝のいない時がいいんですが」
「じゃあ、明後日かな」
二日後、僕は神社の社務所に向かった。まだ若菜は育休ということで休みをもらっている。
「お久しぶりです」
「午前中若菜ちゃんと碧君がお散歩に来てたよ。大きくなったね」
「はい、おかげさまで」
「で、話って何なの?」
温かいお茶をもらいながら、僕はどう切り出そうか迷った。
「僕と、若菜のことなんですけど」
「うん、どうした?」
「あの、実は小さい頃に兄妹として一緒に暮らしてたことがあって。両親離婚して生き別れたんですけど」
「へーえそうなんだ」
「戸籍上では兄妹じゃないし、気になったので、DNA鑑定したんです。そしたら……」
僕は言葉が上手く継げず、その上涙が零れた。おかしいな、こんなはずじゃないのに。
「……兄妹、だったの?」
有紀さんは僕が言いにくい単語をサラッと言った。
「……はい。両親とも同じ……」
「蒼月君、何度も言うけどさ、日本は神話の時代から近親婚は別にタブーでも何でもなかったんだよね」
「……はい……」
「それに、誰も知らないんでしょ?そのこと。気にしなくていいと思うよ。若菜は?知ってるの?」
「いえ、記憶が戻らないので」
「じゃあそこだけだよ、気を付けるのは。後は碧君を元気に育てること。それだけでいいからね?」
有紀さんはサラっと受け流すように軽く話してくれる。それが僕の心の慰めになった。
「ありがとう、有紀さん」
「こっちこそありがとう、話してくれて。前も言ったけど、結構いい加減なのよ、魂が身体に入るっていうのは。まああなた達二人の場合はよっぽどよね。一緒にいたいからって兄妹で生まれちゃうんだもん」
「ホントにそんなのあるんですか?」
僕が持ってきた茶菓子をほおばりながら、有紀さんは言った。
「信じるかどうかはあなた次第です!なんだけどね、少なくないんだよー、生まれ変わりとか、やり残したことやりに来たとかさ。お参りに来た人からも、不思議な話聞くよ~」
そうか、そういうものだと思っておこう。そうでもしないと、心が壊れてしまいそうだった。
時は流れ、守伯父さんも他界し、祖父が……実の父が創業した”蒼月”は守伯父さんの次男が継いだ。
同業他社として、他の会社と同じようにお付き合いさせてもらっている。
碧はすくすくと育ち、高校二年生になった。
有紀さんが碧が生まれた時に、うちでバイトしなよ、と言ってくれていたように、碧は中学生の時から神社を手伝い、今ではアルバイトをしている。
神社に縁があるということで、複数の小学校から人が集まった中学生時代も、何か碧の外見と相まって神秘的に感じる子が多かったのか、酷いいじめなどには遭わなかったのは幸いだった。
碧がイケメンなのかどうかは、僕は親なので分からないが、有紀さんによれば、女性の参拝者が増えたとか何とか。
そして、有輝には、神社で働くにはどうしたらいいですか、と相談しているようだ。神道に興味があるのか、有輝の娘の、一つ下の奈有ちゃんに気があるのか分からないけれど。
和菓子には、興味があるような、無いような、という返事をするから無いのだろう。僕も無理をして跡を継がせるつもりも無かった。若菜は碧にアルバイトを引き継いで、今は家でのんびりしている。
「碧、あんまり入り浸るなよ?神社と有輝んちがお前の第二の実家になってるだろ」
僕が冷やかして言うと、
「バイトだから仕方ないだろ父さん!」
と怒りながら言う。
僕たちも有輝も知ってるんだけどな。お前が奈有ちゃんを好きなこと。二人で境内を掃き掃除してるのを見ると、青春だなあ、などと思う。
有輝曰く、ちゃんと神主としてやる気があるなら、奈有とつき合うことを許さなくはない、んだそうだ。
久しぶりに有輝と飲みながら話した。
「有輝、それって、碧が神社継ぐの込みってことか?」
「蒼月には悪いけどそうだよ。姉さんには子供いないし、奈有はそこら辺の男にはやれんしな」
「女の子の親だなー」
「当たり前だろ」
僕たちは笑いながら、昔と変わらず升酒をあおった。
穏やかに過ごしているある日、若菜が言った。
「蒼月さん、碧も大きくなったし、二人で旅行に行ってみたいな」
若菜が自分から何かをしたいとか欲しいとか言うことなど、この二十年近く無かった。店をしていると旅行にはなかなか行けなかったが、今はパートをしてくれていた道方さんの息子が職人として入り、店を任せることができるスタッフが揃っていた。
「そうだな、若菜、どこに行きたい?」
「車で、のんびりドライブに行きたい」
「じゃあ、一泊じゃなくて、二泊しようか」
「ありがとう、蒼月さん」
父と母になっても、こうして僕の名前を呼んでくれる。今も変わらず僕は若菜のことが好きだ。
二人で旅行雑誌やネットでどこへ行くのかを考えるのも楽しい。山深い温泉宿に行くことにした。
碧に見つかってはいけないものがある。
母が残したアルバムは、ずっと事務所に置いておくわけにもいかず、自宅のある場所に隠していた。だが、それを開けられたら大変だ。僕はそれらの入ったダンボールを有輝に預けることにした。
「明後日から二泊で若菜と旅行に行くんだ。悪いけど、これ、預かってくれないかな」
「いいけど、何だこれ?」
「古い、アルバムだよ。碧に見られたらマズいんだ」
「お前と……若菜ちゃんのか」
「そうだ」
「わかった。碧は俺んちで飯食わせるから心配するな」
「いいのか?」
「任せとけよ」
「ありがとう、すまない」
「お互い様だろ」
有輝と有紀さんがいなかったら、僕らは精神的に潰れていたな。支えてくれる二人に感謝をして、僕は、若菜と初めて二人で旅行に出かけた。
どこにいても何をしていても、この人といるのが嬉しい。
そんな気持ちになれる人と一緒になれた僕はどれだけ幸せなのだろうか、と思う。
秋の山は紅葉が美しくて、まさに行楽日和だった。
「若菜」
先へ先へと進む君を呼び止める。振り返った姿も表情も昔と変わらない。
「え?」
「待って。一緒に行こう」
指を絡めて手を握ると、驚いたように僕を見上げてから恥ずかしそうに目を伏せた。いつまでも可愛らしい人。
大きな滝から水が絶え間なく流れ落ち、水しぶきの向こうに虹が見える。
水の大きな音で、周りの音が聞こえづらいのをいいことに、僕は若菜の耳元に耳を寄せて囁いた。
「大好きだよ若菜」
肩をビクッとさせて僕を見る若菜と目が合う。笑って見せると、若菜は顔を真っ赤にして、笑いながら僕を叩いた。
早めに旅館に着き、夕暮れを見ながら二人で貸し切りの露店風呂に入った。若菜を後ろから抱きながら浸かった。
「こんな風にのんびりするのって初めてね……」
「ああ。今まで落ち着く暇無かったな。ありがとう、若菜」
「ううん。あの時、倒れてた私を助けてくれてありがとう、兄さん」
腕の中の若菜をこちらに向かせ、凝視した。
「若菜……⁈ 記憶が戻ったのか?」
それとも誰かが教えたのだろうか?どこまで知っているんだ。温かい温泉に入っているのに、冷や汗が出る。
「うん……ずっと隠しててごめんね……」
若菜の声は震えていた。
「いつ?いつ思い出した⁉」
「碧が、小学校に入る時……入学準備してたら、思い出したの。ランドセルを、お父さんとお母さんと買いに行ったこと。そこから全部思い出した……」
でもどこまで若菜は知ってるんだろうか。
「父さんって……」
「夕月じいちゃん。そう呼んでた。私、大人になってから全部母に聞いてたの。私は夕月じいちゃんと母さんの子供だって。そして、若菜には小さい時一緒に住んでた、蒼月っていう兄さんがいるのよって」
「じゃあ、倒れてたあの日は……」
「母さんは病院に何度も出たり入ったりして、夫は死んでしまって、それで、兄さんがいるんだって聞いてたから、探してたの、あなたを……。ずっと会ってない妹なんて迷惑だろうと思ったけど、辛くて……ごめんなさい、私妹なのに……嫌でしょ……?」
ポロポロと若菜は涙を流した。
「何言ってんだ。だから僕は若菜に会えたんだ。あの日来てくれてありがとう。ずっと言えないようにさせてごめんな」
強く若菜を抱きしめた。
若菜の記憶が戻っても僕の気持ちは何も変わらない。僕は若菜を愛している。
「好きだよ若菜。若菜だから好きになった。関係ないんだそんなの」
僕は何度も若菜の名を呼んで、唇を重ねた。
「……ねえ、蒼月さん、だから碧はあんな風に生まれてしまったの……?」
ずっと長い間心の奥底に仕舞っていた気持ちを、泣きじゃくりながら若菜は僕にぶつけた。
「違うよ。生まれた時に散々調べた」
「でも!」
「それで、僕たちが自分を責めて碧が幸せになると思うか?」
黙ってしまった若菜に、僕は口づけた。
涙で濡れた唇は、震えていたけれど変わらず僕のことを夢中にさせる。
「あ、だめ、私達兄妹だってお互い知ってしまったのに……!」
「今さら?こんなに好きなのに?もう遅いよ」
布団の上で抵抗する若菜の手首を、浴衣の帯で縛った。
「だめ、こんなこと……」
「好きなこと全部してあげる。久しぶりに」
僕は容赦をしなかった。
若菜の身体の力が抜けるまで、ぽってりした唇と舌を味わい、唾液が溢れて零れて行った先の首筋に舌を這わせた。
「ん……あっ!」
耳の輪郭をそっと噛むと小さく悲鳴が上がる。その間僕はずっと、足先で若菜の足の甲を撫でた。
髪の毛一本一本からつま先まで、この人は僕のものだ。
何度こうやって愛しただろう。でもまだ足りないんだ。
「お願い、ほどいて……」
手首の帯を解くと、若菜は僕にしがみついた。
「やっぱりこうがいい……」
「僕もだ」
二人でクスクスと笑って、またキスをした。
「若菜、いつもみたいに、名前で呼んで」
兄さんなんて言わなくていい。僕も妹だなんて思ってない。最初から、小さい時から君は僕にとって女の人だった。
「あ、おつき……あ、もう……」
撫でていた君の手が我慢できずに僕の髪を掴む。逃げそうになる腰を掴まえて、溢れるその場所に顔を埋める。
もっと食べさせて。
何度も跳ねて震える若菜の腰が、僕にどのくらいして欲しいのかを伝える。
「本当に僕が欲しくなるまで、このままだよ」
「ゆるして、変になっちゃ……」
ずっと続けて、とろりとした濃い液体が僕の口に入った時に、若菜はとうとう泣きながら懇願した。
「おねがいあおつき、きて、はや、く……」
うわ言のように、何度も繰り返される僕の名前と言葉。これを聞くのが一番嬉しいと言ったら君はどんな顔をするだろうか。
僕が脱力している若菜の足首を一噛みすると、それだけで達してしまう。
「大好きだよね、ここ……」
足の甲にキスをすると、また若菜は震えた。
「やだもう……いじわるしないで……」
丁寧に足指の先までキスした後に、身体を起こして若菜に顔を近づけた。
「知ってた?」
「な、に……?」
記憶が戻らない限り、言わないでおこうと思っていたことを教えてあげる。
「若菜が足が好きなのは、」
ゆっくりと若菜の脚を開き持ち上げる。
「僕が、」
君の中に入った瞬間、僕は秘密にしていたことを告白した。
「若菜が赤ん坊の時から、足にキスしてたからだよ」
「…………!!」
頬を濃い桜色に染めて、背中を弓なりに反らせながら、君は言葉にならない声を上げる。
「う……そぉっ……!」
「ほんとだよ。いつか写真見せてあげる……」
「や……はずか、しい……」
「どうして?僕は若菜のことが小さい時から大好きだった。写真見たら、わかる、よ……」
やっと僕は、若菜に好きだと伝えられた気がした。
ずっと小さい時から好きだったということを、生きているうちに言うことができた。もう思い残すことはない。
何度も達して、意識が殆ど飛んでいる若菜に言った。
「若菜が生まれて来た時から好きだった。死ぬ時は一緒だよ。若菜、もう離れたくないんだ」
どうしてそんなことを口走ったのか、自分でもわからない。
ただ、ひたすらに若菜が愛おしくて、片時も離れたくない。自分でも恐ろしいくらい、若菜のことが好きだ。僕は幼少期に感じていた若菜への気持ちがこういうものだったと思い出していた。
渇望と、切望と、焦燥感。
幼稚園から帰って来て家に若菜がいるとホッとしていたあの時の気持ち。触れて、抱きしめて若菜がいると確認していた。
「……愛してるよ、若菜」
僕の言葉に、意識を薄く戻した若菜が言った。
「あいしてる、あおつき……」
このまま死んでしまえればいいと思うくらい、また深く僕らは快楽の底に沈んだ。
命を手放しても、この人は手放したくない。
もう二十年近く一緒にいるのに、まだ離れていた時間の方が長いと思ってしまう。
――この想いをどういう言葉で表したらいいのだろう。
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