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僕は、父さんと母さんが亡くなった後、有輝おじさんから家に一緒に住むように言われたけれど、それだと奈有と一緒に暮らすことになってしまうから駄目だと思います、と断り、元の家で一人暮らしをしていた。
幸い、家事は一通り母から習っていたし、料理も嫌いじゃないので何とか生活できていた。
僕は高三になった。早速進路を決めていく最初の三者面談がある。担任からは、信頼できる一番近い大人に来てもらうように言われた。
「有輝おじさん、三者面談、来ていただいてもいいでしょうか」
「もちろんだ。そのつもりだったよ。碧、進路はどう考えてる?」
「神職の養成校に行きたいです」
「本気で神職になりたいのか?」
「はい」
「なら、神職の資格の取れる大学に行っておけ。神職には広い知識も必要だ」
「おじさん……」
「学費は心配ないだろ。あとな……おい、奈有!」
有輝おじさんは奈有を呼んだ。僕らはあれからもずっとつき合っているけれど、おじさんの前で二人で会うのは気まずい。
「何、父さん?」
奈有が広い座敷にやって来た。
「え?碧?どうして、いるの?」
「おじさんに、三者面談のお願いに来たんだ」
「まあ、奈有、座れ」
おじさんが奈有に座るように強く促す。
「単刀直入に訊くけど、お前たちはつき合ってるのか?」
「……はい」
嘘を吐いても仕方ない。僕は素直に肯定した。
「碧、こないだ誕生日だったよな?」
「……はい」
奈有が祝ってくれた。僕が欲しがっていた少し高級なシャープペンシルと、キスのプレゼントを。でも僕は、奈有が触れたら我慢できなくて。社会的に大人になれていないのに、ほとんど大人になった僕の身体は奈有を欲しがった。
「十八になったよな?」
「はい」
「奈有も十七になった。お前たちが本気なら、許してやるから結婚しろ。つき合うだけなら奈有が泣くことになるから、碧、別れてくれ」
僕は驚きを隠せなかった。まだ僕らは高校生だ。
「お父さん、何言ってるの?」
呆れた顔で奈有が有輝おじさんを見つめる。
「おじさん、僕は自立してません。まだそんなことを言える状態じゃないと思います」
「そんなのはわかってる。ただ今結婚しても十年後に結婚しても同じだってことだよ。この神社でやっていきたいならな。奈有、お前も碧とずっと一緒にいて、支えて行けると思うのか考えてごらん。まあ、二人でじっくり考えろ」
有輝おじさんは、袴の裾を翻して立ち上がり、去って行った。
「奈有、どうする?」
「碧君はどうしたいの? 私は……他の人じゃなくて、碧君がいい。きっと大人になったらどこかの神主さんとお見合いさせられそうだもん。いやよそんなの」
苦笑いしながら奈有は肩をすくめた。
僕も奈有と離れたいなんて思わない。けれど未熟な僕たちが結婚なんてしてやっていけるんだろうか。
その夜、僕は夢を見た。
僕が、奈有と結婚式を挙げている。友達もいて、有輝おじさんも有紀おばさんもいて、そして、父さんと母さんがいた。
「碧、心配ないから、二人でやっていきなさい」
「碧、おめでとう。母さん嬉しいわ」
父さんと母さんの声は、はっきりと聞こえた。
「父さん!母さん!!」
僕は泣きながら叫んで目が覚めた。時計を見ると、まだ真夜中の三時だった。
誰もいない、人の気配のない静寂に包まれた部屋。時計の秒針の音だけがカチコチと響く。
僕は、他の誰でもない、奈有に側にいてもらいたいと思った。
姉が珍しく晩酌をしている。
「姉貴、どうしたんだよ酒なんて飲んで」
「え?だってさ、ほんとに奈有と碧を結婚させるなんて思わなくて」
「いいだろ、もう二人とも高校は卒業したし」
碧と奈有は、奈有が高校を卒業するのを待って、結婚した。
結婚したんだから、お前は碧と住め、と蒼月と若菜ちゃんが住んでいた和菓子屋の三階に奈有を送り出した。
すぐ近くに住んでいるから、嫁に行ったという感じはしないが、姉と二人の暮らしにまた戻ってしまった。
お猪口に酒を手酌しながら、姉は呟くように言った。
「有輝、私ね、蒼月君と若菜ちゃん思い出すたびに、軽皇子と軽皇女の伝説思い出すんだ……」
「あれか?衣通姫伝説……」
「そう」
古事記にある、愛し合ってしまった同母兄妹の物語。
二人が通じていることがバレて、兄の軽皇子が伊予に流刑になっても、道端に何度も倒れながら兄の元へ辿りついた軽皇女。再会した二人はつかの間の愛の時間を過ごし、自害してしまう。
「蒼月たちは、心中したわけじゃないだろ。あれは事故だ」
「事故の調査書見たでしょ?ブレーキの跡が無かったって」
「理由がないだろ、碧もちゃんと育ってて、何で死ぬ必要があるんだよ。風景のいい場所で、よそ見してたんだよ」
俺は客観的だと思われる理由を述べた。心中はあり得ない。
「……ずっと一緒にいたかったのよ、どうしても」
「一緒にいたじゃないか、夫婦になって」
姉は大きくかぶりを振った。
「何もかも、要らなかったのよ、あの二人には……お互いしか」
「また魂とか言うなよ、姉貴……」
「それならどうして、日本最古の書物に衣通姫伝説が載ってるの?お互い以外は何も要らない、引き剥がしても離せない二人はいるのよ……だって若菜ちゃんは、記憶を失くしてまで、蒼月君の所に戻って来たじゃない」
俺は魂とか何だとかはあまり信じないけど、蒼月と若菜ちゃんの心が深く結びついていた、そのことは理解が出来た。
ふと、蒼月に預かったダンボールの存在を思い出した。
「姉貴、ちょっと待っててくれ」
中身に対して新しいダンボールの箱を俺は押し入れから引っ張り出した。
「なにそれ?」
「蒼月から、旅行の前に預かってたんだ。碧には見せられないからって」
縦に横に、ぴったりと封してあるガムテープを剥がした。
「これは……?」
「二人の写真だよ。小さい時の」
アルバムを開くと、小さな蒼月と若菜ちゃんがいた。
二人で写っている写真は、どれも蒼月が若菜ちゃんにくっついている。アルバムに綴じられていない写真も、二人で一緒のものばかりだった。
「小さい時から、お互いに大好きだったのね……」
姉がしみじみと言う。
公園のような場所で、若菜ちゃんを蒼月が後ろから抱きしめている写真があった。写真の裏には、
”蒼月五歳、若菜二歳・どこに行っても一緒、森林公園にて”
と走り書きしてある。二人とも満面の笑顔だ。
「かわいいねえ……。あれ?全然変わらないわね、この写真と」
遺品の中にはデジカメがあり、SDカードのデータは生きていた。その中に、滝を背景に二人が誰かに撮ってもらったであろう写真が納まっていた。
姉が現像した写真を持って来る。姉が急いで束の中からその写真を探すと、何枚目かにそれはあった。
「ほら、二人とも同じ格好で同じ笑顔よ」
写真の中の白髪交じりの蒼月は後ろから腕を回し、若菜ちゃんを抱きしめていた。
二人とも目尻の皺はあるけれど、幼少期と変わらない笑顔で、俺は、こんなに幸せそうな二人の顔を見たことが無かった。
「……姉貴、俺、姉貴が言ったことがやっとわかった気がするよ」
「何のこと?」
「魂がどうとかってやつが」
その二日後の月は、月に二度あるブルームーンと呼ばれる満月だった。
「蒼月、お前は今若菜ちゃんと幸せか?もう二度と離れるなよ」
蒼月の分も升酒を用意して、俺はまんまるに美しく光る月を見ながら酒を飲んだ。
翌年の春から、若菜ちゃんが倒れていたクローバーの生えている場所に、びっしりとシロツメクサの花が咲くようになった。
毎年、ちょうど蒼月が、倒れていた若菜ちゃんを見つけた時期に。
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