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⑦
俺たちは楽屋入りをすると、「それで?」と有馬が言う。俺は「何が?」と言うと、「電話ですよ」と有馬がウキウキしながら言った。
「あれ、詩乃ちゃんですよね?」
昨日会ったばかりだというのに、もう下の名前で呼んでいることに今さら別に驚きもせずに、俺は「ああ」と答える。有馬は人との距離が近いのだ。
「返事は?」
「OKだ」
「やったー!」
有馬が天井に向かって両手を上げると、「やりましたね!」と嬉しそうに言う。俺はまた「ああ」と静かに言うと、叶さんが高校生だという自分の予想が当たった事にホッとする半面、高校生の少女が姉妹でもない大学生のバイト仲間とルームシェアをしていることに理解不能になっている。
———今の時代の子は、皆そうなのか?
高校生で一人暮らしをする奴なら、俺の周りにだっていた。実際、soraは今高校3年生だし、一人暮らしをしている。俺が高校生の時にも、そう言う奴は片手で数える程度にしかいなかったが、それでもいたことには変わりない。
だが、兄弟でもない年上とルームシェアをしている奴は聞いたことがなかった。確かにルームシェアが今流行っているという事は耳にするが、それでも高校生と大学生がルームシェア。
見た感じ、ルームシェア相手の高橋さんは大学生活に慣れているような印象を持った。もう3年生か4年生なのかもしれない。それに対して、叶さんは高校生になったばかりぐらいだろうか。
高校生と大学生がお金をそこまで持っているようにも思えない。
果たして踏み込んでいいのか、それともダメなのか。
俺は頭を抱えながら唸ると、「甲斐さん?」と有馬が心配そうに言う。
「ああ、悪い」
「どうしたんですか?」
「いや、まぁ、ちょっとな」
俺は有馬を見て、それから「なぁ、有馬」と試しに聞くことを決心する。有馬は今27歳だし、俺より7歳年下だからそれなりにジェネレーションギャップもあるだろう。
もしかしたら叶さんについても何か分かるかもしれない。
「何ですか?」
「いや、高校生が姉妹でもない年上の大学生とルームシェアをする理由は何だと思う?」
「……心理テストか何かですか?」
「いや、違う」
「んー……」
しばらく有馬は考える素振りをしながら、固まると、俺は固唾を飲んで見守る。
「何か高校生の子の方に、事情があるとか」
「事情?」
「まぁ、ベタですけど、親がいないとか、家出とか」
「家出……」
それはまずい。
もし仮に叶さんが家出少女だったとして、そんな子が芸能界デビューするなんて。俺は叶さんが家出少女ではないことを祈りながら、きっと大丈夫だと希望を持つ。それに、例え叶さんが家出少女だったとしても、きちんと親御さんに挨拶をして、デビューまで何とか持っていく覚悟だ。
それぐらい、叶さんの声は「奇跡」に近いのだ。磨けば、絶対に輝く。あの声は、あのままでいたら勿体ない。もっと沢山の人に聞いてほしい。
「えっと、もしかして詩乃ちゃんですか?」
「……ああ」
「昨日、琴音ちゃんとルームシェアしてるって言ってましたもんねー」
琴音、と言われて一瞬疑問に思うが、すぐに高橋さんのことだと分かった。俺は頷くと、「そんな気にすること無いと思いますよ」と有馬が言う。俺は「ああ……」と弱々しい声で言うと、「挨拶行きましょう」と有馬が明るい声で言った。
「今日の収録、Minamiちゃんもいるんですよね?」
「ああ」
「やった~」
有馬ははしゃぎながら言うと、楽屋を出る。俺は思い出したかのように、「Minamiも会いたがってたぞ」と言うと、それを聞いて、「嬉しい~」と弾んだ声で有馬が言った。
「モネもな」
「モネくん、最近全然会ってないからなぁ。でも最近新曲発表しましたよね?」
「ああ」
「『飛べくなった僕ら』、MVもモネくんの歌声も素敵でした」
「同感だ」
俺は頷くと、有馬が「ですよねー」と明るい声で言った。
「モネくんの大ファンになっちゃいました。元々ですけど」
へらへら笑いながら有馬が言うと、まずは近くの楽屋をノックする。ドア越しに「はーい」との声が聞こえ、守屋がドアを開けた。「失礼します」と言って有馬が中に入ると、中には見慣れた顔が破顔して有馬を見ていた。
「有馬くん!」
「Minamiちゃん、やっほ~」
水色のワンピースを着たMinamiが、有馬に近寄ると、ハイタッチをする。この2人は年齢もそう離れていないし、雰囲気も似ているから顔は似ていないのに、何だかドッペルゲンガーを見ているような気分になる。
「甲斐さんもやっほーです~」
Minamiが俺の前に立ち両手を前に出すと、俺は「ああ」と言って、ハイタッチをする。ハイタッチはMinamiの挨拶なのだ。なぜハイタッチなのか、と毎回会う度に疑問に思っているが、Minamiによるとハイタッチをすることで相手と仲良くなれたような気がするそうだ。
ベテランの歌手に対してもハイタッチをするのだから、その精神力は相当だと思う。
まぁ、その明るくてフレンドリーな人当りが周りの評判の高さにも繋がっているのは事実だが。
俺は守屋の隣に立つと、「さっきぶりだな」と言う。守屋も「さっきぶりですね」と言って、微笑んだ。
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