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「相変わらず、元気だな、Minamiは」 「はい。若いって羨ましいですよねー」  守屋が遠い目をして言うと、俺は苦笑を浮かべる。守屋は今年で30歳になったばかりで、34歳の俺にとっては随分若いように思えるが、30代に突入した守屋にとって、まだ20代のMinamiは羨ましいのだろう。 「そう言えば、例の叶さん。有馬くんは知ってるんですか?」 「まぁ。有馬がいる所でスカウトしたから」  俺はそう言うと、「へぇ」と守屋が言う。俺はその言葉に本当は言うつもりが無かった言葉を口にした。 「20」  守屋が俺に視線を向けると、「今日の20時?」と聞き返す。 「今日の20時。叶さんを社長と会わせる」 「OK貰ったんですね」 「ああ、有馬を迎えに行く途中でな」  有馬がMinamiと楽しそうに会話をしているのを眺めながら、「それで?」と守屋の声が耳に届く。 「それは遠まわしに来て、と?」 「興味があるなら」  守屋が黙って、楽屋の中では有馬とMinamiがモネについて語っていた声が充満した。そう言えば、Minamiもモネのファンだと守屋が言っていた気がする。 「行きます」  守屋が強く言うと、「空いてるので」と言って、もう一度「行きます」と言った。俺は「そう」と静かに言うと、「何なら4人で飯でも食いに行くか?」と聞く。収録が終わるのが、大体18時だから、それで夕飯を食べて、そのまま事務所に直行した方がお互いにも良いと思ったからだ。 「甲斐さんが奢ってくれるのなら、行きます」 「おいおい……」  俺は苦笑を浮かべると、守屋が悪そうに笑みを浮かべる。その様子に気づいたのか有馬とMinamiが「楽しそうですね~」とハモった。俺は「楽しい?」と言って首を傾げると、守屋がニコニコしながら「今日の夕飯は4人で食べよう。甲斐さんの奢りだって」と、まだ「YES」と言っていないのに、勝手に俺が奢ることにされた。 「えっ、甲斐さん本当ですか!? やったー! 高いの頼んじゃお~」  Minamiがはしゃぎながら言い、有馬も「わーい」と言い、断れない雰囲気になる。俺は守屋に一睨みをきかせると、守屋が「ゴチになります」と弾んだ声で言った。 「肉でも、魚でも、野菜でも、何でも好きにしてくれ……」 「甲斐さん、太っ腹~」 「守屋さんの前だと、弱くなりますよね~」  有馬が悪い笑みを浮かべながら言うと、俺は「守屋限定じゃない」と言い、「典型的な日本人なんだよ」と溜息を吐くように呟いた。それを聞いて、3人がけらけら笑う。 「それじゃあ、有馬。そろそろ他の人にも挨拶しないとだから」 「はーい。またね、Minamiちゃん、守屋さん」  有馬が手を振ると、Minamiと守屋も手を振り返す。俺は楽屋のドアを閉めると、溜息を吐いた。それを見て有馬がくすくす笑う。 「Minamiちゃん、本当に明るいですよねー」 「有馬とそっくりだよ、本当」  俺がそう言うと、有馬が「言うと思いましたー」と暢気な声で言う。  それから次のドアを叩くと、ドアの奥から声が聞こえたのを合図に、マネージャーがドアを開け有馬が「失礼します」と言って中に入った。 *** 「それではリハーサル始めまーす」  有馬がマイクを持って、ステージのセンターに立つと、「お願いします」と笑顔で言う。俺はそんな有馬をステージ裏で見守りながら、有馬の歌声に耳を傾けた。  ———うん、今日も良い感じだ。  声も澄んでいて、伸びているし、無理して歌っているような感じもしない。感情もちゃんと乗ってるし、絶好調だ。有馬自身もそれを自覚しているのか、いつもより表情が生き生きしている。この状態が本番ではさらに良くなることを祈る。 「有馬くん、良い感じですね」 「ああ」  隣に立つ守屋が有馬の歌声を聴いて、俺に言う。 「今頃Minamiも有馬の歌を聴いて、興奮してるだろうな」 「でしょうね。Minamiは有馬くんが大好きですから」 「モネより有馬か」 「モネくんも大好きなんですけどね。それより有馬くんですかね」  曲はサビに入ると、空気が一瞬にして変わったことがすぐに分かった。有馬が乗っているのもそうだが、スタッフが一気に心を掴まれたというか、有馬に引き込まれているのがすぐに分かる。  ああ、やっぱり有馬をこの世界に引き入れて良かった。  俺は心からそう思うと、Bメロに入った有馬を眺めながら口角を上げた。  芸能界はな現場だ。誰しもが夢を見れる場所ではない。売れなければ切られるし、誰しもが。でもそんな世界だからこそ、輝けたら本当に凄いのだ。だから俺は純粋に有馬たちを尊敬する。  過酷なこの世界の中、誰もが知る有名人に成りあがったのだから。周りは俺が凄いというように言うが、それは違う。凄いのは見つけた俺じゃなくて、なのだ。俺はただの裏方に過ぎない。  歌が終わると、有馬が眩しいぐらいの笑みを浮かべながら「ありがとうございましたー」と言う。会場は拍手に包まれ、俺も守屋も有馬に拍手を送った。
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