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⑨
「いやー、有馬くん最っ高だったよ~」
Minamiが元気よく言うと、有馬が嬉しそうに「Minamiちゃんもね~」と言った。
俺たちは歌番組の収録後、事務所近くにある個室の和食店に行くと、全部俺の奢りで肉から魚まで様々な料理を頼む。少しは遠慮することもできないのか、と心の中で思いながら自分の財布を心配した。財布が薄くなるのが映像で見えると、胃が痛くなった。
「有馬くんの『虹』、私すごく好きなんだよね」
Minamiが豚の角煮を口に運ぶと、幸せそうな表情をする。「美味し~」と小さく言いながら、米を口に運んだ。有馬がそれを聞いて、「まじで? 嬉しいなー」と言って、サバの味噌煮を頬張る。性格はそっくりな2人だが、食の好みは正反対なことに今さらながら驚いた。
有馬は麺類ならうどん派だが、Minamiはラーメン派。有馬は魚派で、Minamiは肉派だ。
「あれ、けっこう自信満々に書いた曲なんだよね」
「すごく刺さった」
「Minamiちゃんに褒められると嬉しいな~」
有馬は照れ笑いを浮かべると、Minamiが「有馬くん、照れてるね~」とニヤニヤしながら言う。俺はその光景を見ながら、ウーロン茶を喉に流した。
「そう言えば」
「ん?」
俺は蕎麦を啜りながら、隣で天ぷらうどんを啜る守屋を見ると、「Minamiも連れてっていいですか?」と聞いてくる。それが何を意味するのか、俺には明白だった。
この後20時より、俺は事務所にて社長と叶さんを顔合わせする現場に、Minamiもいていいのか、ということだろう。話しているところは一緒に同席は出来ないと思うが、叶さんを一目見るぐらいなら問題ないと思う。
「別にいいけど」
「実は、Minamiにも話したんです、叶さんのこと」
「え?」
俺はMinamiを見ると、Minamiが楽しそうに有馬と会話をしている。今は有馬の『虹』と、Minamiの『洗脳』について語り合っているそうだ。俺は守屋に視線を戻すと、「Minamiは何て?」と聞く。
「会いたい、って即答しました」
「まぁ、言うだろうな」
俺は頷くと、ウーロン茶を飲み干す。Minamiは人見知りをしない性格だし、好奇心も旺盛だから、叶さんについて話したらそう言うに決まっている。
「すごく興味を示していました」
「だろうなぁ」
俺は蕎麦を啜ると、Minamiがけらけら笑った。それにつられたように有馬も笑うと、俺は守屋と顔を見合わせて、口角を上げた。
「甲斐さんが見つけた子を一目見てみたいって。どんな子が今度世に出るのか、楽しみだとも言っていました」
「そんな期待されてもなぁ。俺は見つけただけだし、その後の成績は本人の努力次第だしな」
俺は苦笑を浮かべながら言うと、「それでも凄いんですよ」と守屋が真剣な口調で言った。
「見つけることって凄く大変なんです。だってこの世界には何十億という人がいるじゃないですか。その中から見つけ出すって相当のことですよ」
守屋はうどんを啜ると、麦茶を飲み干し、またうどんを啜った。汁に浸っているてんぷらはもうふにゃふにゃになっていて、いつ天ぷらを食べるのだろうとどうでもいいことを考えながら、「何か、ありがとう」と言う。
「何かって何ですか。そこはありがとうだけでいいですよ」
「え、ごめん」
守屋がぷっと吹き出すと、くすくす笑う。守屋の笑い声を耳にしたのか、目の前で楽しそうに会話をしていた有馬とMinamiが守屋を見て、「どうしたんですか?」と聞いてくる。
「いや、別に」
俺はそう言うと、守屋が「甲斐さんが面白かっただけ」と言った。有馬とMinamiが驚いた顔をして俺を見ると、俺は「何?」という視線で2人を見た。
***
「いやー、食べましたねー」
Minamiが満腹といった雰囲気で言うと、「甲斐さん、ゴチになりました」と笑顔で言う。それにつられて有馬と守屋も言うと、俺は薄くなった財布に溜息を吐いた。これでまた働かなければ。
俺は有馬を自分の車に、守屋はMinamiを自分の車に乗せると、車を発進させる。社長との約束の時間まで後30分。車で10分ぐらいで着く距離に事務所があって本当に良かった。後ろでは有馬が「詩乃ちゃん、お披露目ですね~」と暢気な声で言っている。俺は「そうだな」と言うと、有馬がウキウキした様子で破顔した。
「社長、どんな反応しますかね」
「まぁ、緩い人だしな」
「良いね、合格って言いそうですよね~」
俺はそのことに対して、きっとそうだろうなと思いながらも「さぁな」と言って言葉を濁す。
事務所の駐車場に車を止めると、一個空けて左に守屋とMinamiを乗せた車が駐車し、外に出る。事務所前には、キョロキョロと辺りを見渡す一人の少女がいた。
「叶さん」
俺はそう言って、叶さんの元へと駆け寄ると、叶さんが緊張した顔で俺に一礼した。
「詩乃ちゃん、やっほー」
後ろでは有馬がひらひらと手を振りながら叶さんに挨拶すると、叶さんがハッとした顔をし、また一礼した。
「本日は宜しくお願い致します」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
俺は「それじゃあ、行きましょうか」と言って事務所の中に入る。後ろには守屋とMinamiが優しい目で叶さんを見守っていた。
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