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②
俺は事務所の電気を付けると、誰もいない静まった部屋に一人、席に付いた。だがすぐに一人の時間は破られてしまう。俺の後に、守屋と沢渡が「おはようございます」と言って事務所にやって来た。
そう言えば、Minamiとモネも今日の歌番組の生放送に出るんだった。
俺は「おはよう」と小さく返すと、パソコンにログインし、作業を始める。今日は予定がびっしり詰まっているから、忙しい。有馬自体は毎日のことだし、そこまで忙しくはないが、問題は詩乃の方だ。
今日は有馬のリハーサル後の時間にLatestの社長とのアポが入っている。そちらへのアポはどうやら社長が取ってくれたらしい。反応を聞くと、ウキウキしていたとのことだ。
「そう言えば」
沢渡が目の前にパソコンを睨むように見ながら作業を進めると、俺はちらりと視線を向ける。
「叶詩乃さん、でしたっけ? 甲斐さんが見つけてきた新人。守屋さんから聞きました。インディーズデビューするそうですね」
「え、情報来るの遅くない?」
すると沢渡が一度俺を鋭く睨んで、それからまたパソコンの作業に戻る。俺の方が年上なのに、とそんなことを考えながら俺は「ごめん……」と呟くと、「いえ、私の情報の仕入れが遅かっただけです」と沢渡が強い口調で言った。
沢渡はまだ勤務して5年とちょっと。モネがインディーズデビューした年に入ってきて、そのままモネのマネージャーとなった。それで、今モネは人気沸騰中のアーティストになったのだから、モネもモネだが、沢渡の仕事っぷりも凄いのだろう。
年齢は俺を含めた4人の中では27歳と一番若い。志賀は俺とそう年齢が変わらないし、同じ男同士、扱い方は分かる。守屋も何となくだが、分かる。だが、どうしても沢渡の扱い方は分からなかった。まだ20代、という言い方をしたら最近30歳になったばかりの守屋に申し訳ないが、それでもやはり34歳と27歳の歳の差はデカいのだろう。
「今日、矢島さんに会いに行くそうですね」
「ああ」
矢島さんとは、Latestの社長だ。フルネームは矢島亘輝という。
俺は機嫌を損ねた沢渡にどう接すればいいのか分からず、取り合えず相槌を打つと、隣に座って作業をする守屋に視線を送る。守屋がやっと気づくと、俺は首で沢渡を差し、それから口パクで「機嫌損ねたから、どうにかしてください」と敬語口調で言う。
一発では伝わらなかったものの、理解した守屋が溜息を吐き、「分かりました」と口パクで返答した。
「まぁ、矢島さんなら笑顔で宜しくって言うでしょうね」
「だろうなー」
「甲斐さんのこと気に入ってますしね」
「……それは、どうだろう」
俺は首を傾げると、「おはようございまーす」と元気な声で志賀が入ってきた。全員が「おはよう」と言うと、志賀がもう一度「おはようございまーす」と言って、席につく。
「あ、聞きましたよ、甲斐さん! 今日矢島さんと面会らしいじゃないですかー」
「ああ」
「叶さん、インディーズデビューするみたいですね。おめでとうございます!」
「ありがとう」
「いやー、俺も早く会いたいなぁ」
うっとりしながら志賀が言うと、パソコンにパスワードを入力するのをミスしたそうで、またパスワードを入力していた。
志賀がやって来たのもあって、俺と沢渡の会話は一時中断した。
「そう言えば、soraも今日の歌番組出るんだってな」
「そうなんですよ~、しかも生放送ですよ、生放送。いやー、大きな進歩ですよね~」
志賀が嬉しそうに言うと、「これでライブも夢じゃないぞ~!」とはしゃいだ声で言う。
「スタジオにはお客さんが入るのか?」
「そんな訳ないじゃないですか。今回も、お客さんがいない別スタジオで、カメラマンに顔を映さないようにお願いしています」
まぁ、そうだろうなと俺は心の中で思う。でも、あのsoraが生放送に出演するなんて、凄いことだ。先週聞いたところでは、soraがこの歌番組に出演するという話は無かった。つまり、緊急で決まったということだ。一体、どんな心境の変化があったのだろう。
そのせいか、ネットではsoraが生放送に出演するということで、大きな話題になっている。もうずっと世界でトレンド1位だ。
「soraくん、緊急で出演決まったみたいだけど、どうかしたんですか?」
守屋が志賀に尋ねると、俺は心の中で守屋に向けてサムズアップをする。志賀の方を横目で見ながら、俺は手を動かすと、志賀が「ああ」と言って、一瞬こちらを見た気がした。
「まぁ、soraに言ったんですよ。叶さんのこと」
俺はキーボードを叩くのを止めると、ちゃんと志賀を見る。志賀が俺を見て、それから苦笑いを浮かべた。
「そしたらsoraの奴、急に歌番組に出るって言い出して。俺もよく分からないんですけど、焦ったんじゃないんですかね、叶さんの存在に」
「あのsoraが……」
俺は吐息をするように呟くと、パソコンの画面をじっと見つめる。
soraは俺がメジャーデビューさせた中だと、一番新しい。まだデビューして2年も経っていないと思う。元々インディーズ時代に、数々のアニメの主題歌をやってきたこともあって、今回も今話題になっているアニメの主題歌を担当したわけだが。
このアニメが放送されたのは1年前。つまり、soraがメジャーデビューして1年経った時のことだ。当時から「神曲」だとか「好き過ぎて死ぬ」だとかそんなコメントは多かったが、それでも生放送には出なかったし、歌番組の収録のオファーがあっても、断っていた。
だが、今回詩乃の存在を知って、焦って出演OKしたという訳か。いや、焦ったのだろうか。本当はもっと別の理由がある気がする。soraのことだし、詩乃の存在に焦ったというよりかは、興味を持ったという方が高い気がする。
soraは頭が良いし、都内でもトップレベルに当たる進学校に進んでいるし、俺が詩乃の話を有馬と一緒に行動しながら進めることは分かっていたのではないだろうか。もし自分が生放送に出れば、必然的に詩乃にも会える、と考えたのではないだろうか。
俺は頭を捻らせていると、ちらっと視界に入った時刻を見て、ハッとする。気づけば、守屋も沢渡もおらず、隣で志賀が外に出る準備をしていた。作業が大体は終わっていたのが良かった。
俺はパソコンの電源を落とすと、荷物を持ち、志賀と一緒に駐車場へと向かった。まずは家が近い詩乃から迎えに行くとしよう。
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