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「それで、君は曲作れるの?」  椅子に座った瞬間、早速目黒さんが前ぶりもなく本題を切り出す。目黒さんのいつもの話し方だった。誰かを紹介すれば「曲作れるのか?」と聞いて、それでまず反応を確かめる。まぁ、どんな反応をしても次の台詞は変わらないのだが。 「い、いえ……」 「ふーん、まぁいいよ。これから作れるようになればいいんだし」  俺は詩乃を見ると、次来る台詞を推測しながら心の中で気の毒にと思う。 「じゃあ、50、作ってきてよ」 「え……?」  当たり前の反応だと思った。さっき、曲は作れないと言ったのにも関わらず「50曲作ってこい」と唐突に言われれば、誰だってそうなる。だがそう言われて、この試練をクリアした有馬やMinami、モネにsoraは相当だと俺は思った。 「えっと……」 「。これからアーティストとして活動するのなら、尚更。作詞家や作曲家に頼らず、自分で曲を作れるようにならないと意味がない。君たちはアイドルじゃない。なんだから」  目黒さんがはっきり言うと、俺はその言葉にsoraが今朝、詩乃に言った台詞を重ねた。目黒さんとsoraは似ている。考え方も性格も。soraがきっと大人になったら目黒さんみたいになるんだろうなと俺は思いながら、soraが大人になった姿を想像した。 「50曲、どんな歌でもいい。作ってこい。それが出来なきゃ、」  詩乃が面食らった表情をすると、俺はふーっと息を吐いた。これが目黒草介が鬼だと言われる理由だ。誰に対しても、自分に対しても絶対に甘やかさないストイックな人間。だがそれがあってかいいアーティスト、良い曲が生まれるのもまた事実。まさに「鬼のプロデューサー」だ。  俺はちらりと詩乃を見ると、詩乃の表情を見て、ぎょっとした。泣いているわけでもないし、笑っているわけでもない。ただ今まで見たこともない表情をしていた。目は光を帯びておらず、冷めている。だがその瞳から感じられるのは「嫌悪」という言葉ではなく、「真剣」という言葉。  俺はまた目黒さんに視線を戻すと、目黒さんが興味深そうに詩乃を見ていた。それから俺を見て、また視線を戻す。「すげー奴連れてきたな」と言ったような気がした。 「やれます。作ります、50曲」 「言っとくけど、手を抜いた曲を作ってきたらまた1からやり直しだからな」 「私が、仕事に対して手を抜くような人だと思いますか?」  俺はその台詞を聞いた瞬間ぎょっとして、詩乃を見る。これはまずい。大人に反感を買っているようなものだ。俺は詩乃の名前を呼ぼうとした瞬間、目黒さんが俺の前に手を出す。それから体を前のめりにすると、詩乃をじっと見た。 「今日会ったばかりだから何とも言えないが。今のところ、俺の印象としてはそうは思わない」  そう言って、「甲斐くん」と俺のことを呼ぶと俺は「はい」と反応する。 「」  今度はちゃんと声にして目黒さんが言った。目黒さんが微笑を浮かべて、それから俺は「そうですね」と言って微笑を浮かべた。目黒さんの瞳は、少しだが笑っていた。 「それじゃあ、期限を設けよう。3か月でどうだ?」  3か月はいくらなんでも短くないか、と言いたいところだがモネの時と同じであるため、何とも言えない。俺はちらっと詩乃を見ると、相変わらず詩乃の顔は「真剣」だった。 ———ゾーンに入ってるな。  俺は心の中で呟くと、詩乃が「分かりました」と言う。 「それじゃあ今日から3か月後。また会おう」  そう言って目黒さんは会議室を後にすると、異様な雰囲気が会議室内で充満していた。 *** 「お、お帰りなさーいって、ん?」  有馬が俺らが帰ってくるなり、ぎょっとした顔をすると、「どうしたんですか?」と詩乃を見て俺に言う。詩乃はまだゾーンに入っていて、顔は真顔のままだ。 「何かあったんですか?」 「目黒さんに会った」 「えっ!? でもそれってまだ後じゃ……」 「それがLatestで会って、話を済ませてきた」 「相変わらずの台詞を言われたんですか?」 「まぁな」 「それで50曲作らなきゃって焦ってる感じですか?」 「いや、そうじゃない」  ふらふらした足取りで詩乃が鞄に向かうと、鞄の中からペンとノートを取り出し、早速ノートに何かを書きだしていく。どうやら曲作りの為のアイデア出しをしているらしい。 「あれ、本当に大丈夫ですか?」 「さぁ?」 「さぁって、甲斐さん」  有馬が苦笑いを浮かべると、心配そうに詩乃を見る。 「まぁ、アドバイスとか気が向いたらしてくれ。曲作りは俺にはさっぱりだから」 「はーい」  詩乃は黙ってノートにペンを走らせている。あの状態がずっと続いたらさすがに危ないが、集中しているのなら今はそっとしておこう。一人にしなければ、問題はない。  ———コンコンッ 「はーい」  有馬が返事をすると、俺がドアを開けようとする前に、有馬がドアを開ける。 「やぁ、モネくん!」 「有馬くん、呼んでくれてありがとう~」  俺が育てたもう一人のアーティスト、モネが有馬に会うなり元気よくハグした。
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