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⑨
「モネ……」
「わー、甲斐さんお久しぶりです~」
銀髪の髪を靡かせたモネが俺に向かってハグをすると、俺は相変わらずのことに苦笑を浮かべる。海外生活が長いせいか、無駄にボディタッチが多いのだ。
「何でモネがここに?」
「俺が呼んだんです。詩乃ちゃんにも会わせたかったし」
「えへへ、来ちゃいました~」
キラキラと輝く十字架のピアスに俺は一度目を向けて、それから詩乃に視線を移すと、詩乃は集中しているせいか、モネが来た事には気づいていないらしい。
「あ、あれが有馬くんが言ってた詩乃ちゃんー?」
「うん」
「あ、でも今ちょっとゾーンに入っちゃってる」
「集中してるってことー?」
「うん」
そう言うと、モネがゆっくりと詩乃に近づき、詩乃の隣にしゃがむ。相変わらず詩乃は顔色を変えることなく、ペンを走らせていた。俺も近づいてノートの内容を確認するが、単語が連なっているだけで意味は全くもって分からない。
「へー、詩乃ちゃん俺と同じタイプなんだー」
モネが嬉しそうに言うと、俺は「タイプ?」と聞き返す。
「俺も曲作る時、キーワードをノートに書きだしてくんですよ~」
「ああ」
俺は前にモネが曲作りしている所を思い出して、確かに同じだと思った。
「目黒さんに会ったんですかー?」
「さっきね」
「そりゃ、こうなっちゃいますよねー」
モネがけらけら笑いながら言うと、「目黒さん怖いよねー」と有馬に話しかける。有馬も「それなー」と言って何度も頷くと、俺はその会話を聞いて苦笑を浮かべた。
「それにしてもモネくんのピアス、カッコいいねぇ」
「最近買って俺のお気に入りなのー」
「モネくんお洒落だからなぁ」
「有馬くんこそ~」
モネは有馬やMinamiと似た要素を持っているが、どちらかと言うと、おっとりした感じの方が強い。声はいつも伸びているし、マイペースだし。まぁそれらは全部海外育ちが影響しているのだろうけど。
「あ、そう言えばモネくんの新曲良かったよ~」
「本当~? 有馬くんに褒められると嬉しいな~」
「甲斐さんも褒めてたよ」
「ああ、良かった」
「本当ですか~? 嬉しい~」
モネがそう言うと、幸せそうな笑い声を上げる。一向に隣にいる詩乃は気づかない様子だ。俺ら3人が周りにいると言うのに、恐るべき集中力だった。一体、詩乃の頭の中はどうなっているのだろう。覗いてみたいものだ。
「なぁ、そろそろ名前呼んだら?」
俺はモネに言うと、モネが「そうですね~」と言って、詩乃の肩を叩く。だが少しの衝撃じゃどうやらゾーンからは抜けないようで、肩を叩かれてもノートにペンを走らせていた。
「おーい、詩乃ちゃーん」
もう一度モネが肩を叩くと、また気づかず、今度は頬を突く。「あはは~」とモネが笑って、それから「ぷにぷにしてる~」と言った。明らかなセクハラだな、と俺は心の中で思うとやっとゾーンから抜けた詩乃が隣にいるモネを見て「うわぁ!?」と大きな声で叫んで、後ろに倒れそうになる。モネがすかさず支えて「大丈夫ー?」と言った。
「えっ、モネくん!?」
「はーい、モネくんでーす」
モネが間延びした声で言うと、詩乃が「え!?」と言いながらパニック状態になっている。それを見てモネが「いいリアクションするね~」と言ってくすくす笑った。
———コンコンッ
騒いでいる3人を後に、俺はドアを開けると、焦った表情を浮かべる沢渡が「甲斐さん!」と言って立っていた。切羽詰まったような表情だ。嫌な予感がした。
「どうした?」
「モネ、来てないですか?」
「ああ、いるけ———」
「ちょっとモネ! いい加減、黙っていなくなるの止めなさい!」
「うわー、咲良ちゃんー!」
モネが「咲良ちゃん」と呼んだ相手である、マネージャーの沢渡が楽屋に入るなりいきなりモネに向かって怒号を飛ばすと、モネが目を何度も瞬かせる。隣で楽しそうにはしゃいでいた詩乃と有馬もぴたりと騒ぐのを止めて、静かになった。沢渡が怒るなんて、久しぶりの光景だった。
「私がトイレに行って帰ってきたら、モネがいないからビックリしたよ! どっかに行くなら連絡して!」
「あはは、ごめん忘れてた~」
モネがそう言うと、「ごめんね、咲良ちゃんー」と言って手を合わせて謝る。
———放浪癖はまだ直ってないのか。
———沢渡もかなり大変だな。
俺は心の中で沢渡に向けて慈悲の言葉を掛けると、沢渡が大きな溜息を吐く。
「次やったら、もう無いからね?」
「ごめん、ごめん、咲良ちゃーん! だからそんなに怒らないでー! ねー?」
モネが焦ったように言うと、「帰るよ」と言って、モネの首の根を掴んで有馬の楽屋から引きずり出す。
「お騒がせしました」
「有馬くん、詩乃ちゃん、甲斐さん、またねー!」
そう言って沢渡がドアを閉めると、俺たち3人は苦笑を浮かべて、嵐が去っていったような気分にしばらく浸っていた。
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