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「どうしようー」  私はそう叫んで、机に上半身を乗せると、琴音ちゃんが「少し休んだら?」と言って近くに紅茶を置いてくれた。 「どういう曲を作りたいとかっていうのはあるんだけど、歌詞は書けないし、歌詞が書けないのなら、曲も作れないし……」 「まぁ、まだ2日目だし。そんなに焦んなくて大丈夫でしょ」  琴音ちゃんが優しく言うと、「琴音ちゃん……!」と私は言って、抱きつく。琴音ちゃんが優しく頭を撫でてくれて、ちょっとだけ安心した。 「まぁ、自分だけで抱えなくていいと思うよ。それに、プロが近くにいるんだからさ、聞いてみなよ」  そう言って琴音ちゃんがテレビを指差すと、テレビに映るMinamiちゃんを見て、体を起こす。紅茶がその衝撃で零れ、「あ!」と私は思わず叫んだ。 「あーあ」  琴音ちゃんはそう言って立ち上がると、お風呂場からタオルを持ってきて床を拭く。 「ごめん……」 「まぁ、そう興奮しない。一旦、冷静になろう」  琴音ちゃんが優しく言うと、私はこくりと頷いて深呼吸をする。Minamiちゃんが歌っている『洗脳』という曲は最近映画の主題歌になって瞬く間に大ヒットした名曲だ。私も毎日かかさず聞いている。それぐらい心に刺さるし、響く。私もMinamiちゃんみたいな歌詞が書けたらと思うほどにだ。  私はスマホを取り出すと、電話帳を開いて、Minamiちゃんの電話番号を選択する。数回のコール音が鳴り、『もしもーし』と言う声と共にMinamiちゃんが電話に出た。 「もしもし、Minamiちゃん。今大丈夫?」 『うん、どうしたの?』 「あのね、曲作りのことでちょっと聞きたいことがあって」 『あ、そっか。昨日目黒さんに会ったんだもんね。うん、いいよ。お姉さんに何でも聞きなさい!』  Minamiちゃんが誇らしそうに言うと、私はくすくす笑って「ありがとう」と感謝を述べる。 『それで何に困ってるの?』 「うん、それがね、どんな曲にしたいとかっていうのは決まってるし、このキーワードを含めたいっていうのも決まってるんだけど、なかなか歌詞が書けなくて……」 『ああ、あるあるだよね~』 「え、あるあるなの?」 『うん、超あるある』  Minamiちゃんが言うには、Minamiちゃんにも何度かそのようなことがあったそうだ。意外だった。まさかMinamiちゃんが歌詞が書けないようなことがあるなんて。何でもスラスラと書けるようなイメージがあったのに。 『詩乃ちゃんはテーマは決まってるんだよね?』 「テーマ?」 『こういう曲にしたいっていうのは決まってるんでしょ?』 「うん」 『じゃあ次はを考えないと』 「ストーリー?」  ストーリーという言葉に一瞬私は戸惑った。作詞なのに、ストーリー。ストーリーと言ったら、小説家が書くようなものではないのだろうか。 『本と同じで曲にも物語があるの。テーマが決まってるなら、ストーリーを考えるのが次のステップだよ』 「なるほど……」  私はノートに目をやると、ノートの見開きにいっぱいで埋め尽くされたキーワードを眺めて、それからどんな物語を紡ごうかと考える。本を読むのは昔から好きだったし、物語は書いたことは無いけど、でも行ける気がするという謎の自信があった。 『それで、歌詞を書くのに大事なのは』 「客観的視点?」 『そう。自分の思いだけを曲にするんじゃなくて、必ず誰かの視点から歌詞を書くの』 「誰かの視点から……」  私は小さく呟くと、ノートを見て、その一つ一つのキーワードをじっと眺めた。 『例えばだけど』 「うん」 『今回の私の曲、『洗脳』は20代の男と10代の女の子の歪んだ恋のお話なの。所々歌詞にも歪んでる台詞あるけど、あれは全部男の方が言った台詞ね。それで女の子の方は、段々と男に惹かれていって洗脳されちゃう。そんなお話なの』 「怖いね……」 『怖いでしょ』  電話越しでMinamiちゃんがくすくす笑うと、『そんな感じだよ』と言う。 『ざっくりでもいいから、粗方の物語を決めるの。そしたら、言葉が紡がれていく』  私は「ありがとう」と言って電話を切ると、今度は後ろに倒れて天井を眺めた。 「Minamiちゃんは何て?」  琴音ちゃんがキラキラした目で私を見ると、紅茶を飲む。 「まずはストーリーを考える。そしたら、言葉が紡がれていくって」 「ふーん、ストーリーねぇ……」  琴音ちゃんが興味深そうに言うと、「良いなぁ、私もMinamiちゃんと友達になりたーい」と羨ましそうに言った。 「くー、詩乃が羨ましいぜ」 「えへへ」  琴音ちゃんが頬を突くと、時計を見て「あ、もうこんな時間」と言った。 「お風呂入って、寝よう。明日も学校だ」 「うん」 「じゃーんけーん」 「グー!」 「チョキッ! うわー、負けた! じゃあお先にどうぞ」 「入ってきまーす」  私はそう言って、パジャマを抱えると、お風呂場に向かった。  試練はまだ始まったばかりなのだ。焦らず、ゆっくりと。一番大事なのは、。そう心の言い聞かせながら、私はお風呂場の扉を閉めた。
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