27人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
①
「それで、今ああなっちゃってるってこと?」
「はい」
「うわー、大変そう……」
私は棚に納品された商品を並べながらも、頭の中は曲作りのことでいっぱいだった。目黒さんと会って、1週間がそろそろ経つ。明日と明後日は一日中有馬くんと甲斐さんと一緒に行動するから、疑問とか相談事はなるべく今日中に出しつくして、明日有馬くんと甲斐さんに直接聞きたい。
あれから、Minamiちゃんの助言のお陰で、1曲だけ歌詞を書くことが出来た。有馬くんやMinamiちゃんと比べたら、かなり低クオリティだが、手は抜いていないし、個人的には凄い達成感だ。これで後49曲歌詞を書けたら、今度は作曲だ。
本当は並行して行いたかったが、作詞のことだけで頭がいっぱいいっぱいになる私にとって、並行はかなり難しい。だから50曲の歌詞が書けたら、作曲をすることにしたのだ。
「おーい、詩乃ちゃーん?」
「叶さーん。ちょっと高橋さんこれ大丈夫なの!?」
「ああ、ここ1週間はずっとこんな感じです。至って健康ではありますよ」
私が初めて書いた歌詞は、とある少女と少年の歪んだ愛についてだ。なぜそんな物語になったのかと言うと、ただ単に連ドラを見ていて、パッと思いついたのだ。ストーリーとしては、犯罪者として捕まってしまった少年と待ち続ける少女のお話。そこには歪んだ愛情が存在して、サビ部分では少女の悲痛の叫びが込められている。
私はなかなかの力作だと思う。琴音ちゃんに見せたら、凄いって褒められたし、自信ありだ。だが最初から自信満々で行くと、この後批評されたときの心が持たないので、なるべく自信過剰にはならないようにする。
「俺らも何か力になれないかなぁ」
「Minamiちゃんによると、歌詞を書くにはストーリーを作るらしい」
「えっ、Minamiちゃんって今話題の? 叶さん、友達なの?」
「羨ましいですよね~」
「えー、詩乃ちゃんいいなぁ。俺もMinamiちゃんとお近づきになりたーい」
「私もー」
「えー、俺もー」
私は箱に手を伸ばすと、そこはもう空っぽであることに気づき、それと同時に現実世界に戻ってくる。店長と琴音ちゃん、優一郎くんが固まってこちらを見ていた。
「何ですか?」
「いやー、叶さん大変だなぁって思って」
「俺らに手伝えることあったら何でも言ってね!」
店長と優一郎くんが目をキラキラ輝かせて言うと、私は「ありがとうございます」と言ってニコッと笑う。
「何なら、物語になるか分からないけど、俺いっぱいアイデアになりそうなのはあるよ?」
「ほら、優一郎って大学生活エンジョイしてるからさ。パリピだよ、パリピ」
「いやいや、そう言う琴音もな?」
琴音ちゃんと優一郎くんがテンポよく言い合うと、私はもう一度「ありがとう」と言って、「じゃあ聞かせてください」と言った。それを聞いて優一郎くんがパッと笑顔になり、「喜んで!」と言う。
「どんな話が聞きたい?」
「んー、でもテーマとして上がってるのだと、青春が一番話しやすいテーマだと思います」
「青春ストーリーね、いっぱいあるよ!」
優一郎くんが話した内容を私はメモしながら、誰もいない店内の中、じっと話に聞き入っていた。甘酸っぱいものから、しょっぱいものまであらゆる話をしてくれた。大分私の中で物語が構築していく。
やっぱり、人の話を聞くことで世界は一気に広がるんだなぁ、としみじみ思った。
「あ、皆上がりだよー」
店長が時計を見て言うと、上がりの時刻になっていた。事務室には既に次のシフトの人が待機している。私は時計を見て「本当だ」と言うと、優一郎くんに向かって「また聞かせてください」と言うと、琴音ちゃんと一緒に事務室に入る。後ろでは店長が我が子を見るような優しい目で私を見守っていた。
***
「どう? 書けそう?」
「何とか」
私はそう言うと、琴音ちゃんが紅茶を目の前に置いてくれる。私は「ありがとう」と言って紅茶を啜ると、ハイビスカスの酸味が体に染みた。心がほっこりする。
「明日は何時からだっけ?」
「8時に甲斐さんが迎えに来てくれるの」
「歌番組の収録?」
「うん。後、今日はバラエティの撮影だって」
「さっすが有馬くんだね、忙しい」
私はこくりと頷くと、丁度テレビがCMに変わり、有馬くんが宣伝をしていた。このCMのお陰で、この商品は人気なそうで、どのお店に行っても売り切れという状態がしばしば続いているらしい。恐るべし、東雲有馬の存在だ。
「でもねぇ」
「ん?」
琴音ちゃんが有馬くんのCMを眺めながら呟くと、「何か、無理してる気がする」と言った。
「無理?」
「うん、何となくね。有馬くんが望んでいるようには見えないよなぁって思って」
「でも、有馬くんがOKしたみたいだよ?」
「うーん、何て言うか仮面を被ってる感じ?」
「仮面?」
琴音ちゃんがこくりと頷くと、私は首を傾げた。有馬くんが仮面を被っている、という表現がよく分からなかった。
「まぁ、私の勘だけどさ。有馬くん、本当はバラエティも、映画やドラマにも出たくないんじゃないかな?」
「どういう意味?」
「歌一本で行きたいってこと」
確かにMinamiちゃんやモネくん、soraくんと比べて有馬くんは歌以外にもバラエティやCM、映画やドラマと演技もしている。この間有馬くんが出演した映画は興行収入が5億を突破した超話題作にもなっているぐらいだ。演技力も褒められているし、このままなら日本アカデミー賞を受賞する可能性があるとも言われている。
見た感じ、有馬くんがそういう思いを持っているようには思えないが、もしかしたら有馬くんをずっと応援してきている琴音ちゃんから見たら何か違和感を感じるのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!