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②
「ええ!?」
叶さんが大声で叫ぶと、俺と有馬を交互に見て、それから後ろに倒れそうになる。そこを有馬が何とか支え、倒れずに済んだ。俺は安堵の息を漏らすと、「叶さん」と彼女を呼び、口に人差し指を当てる。叶さんが「す、すみません……!」と言って、謝罪した。
「元気だねぇ」
暢気に有馬が言うと、叶さんが恥ずかしそうに「えへへ」と笑う。笑う、というよりかはニヤニヤしていると言った方がいいかもしれない。俺と有馬への態度の違いが顔を見ればよく分かった。それもそうだ。だって、隣にあの東雲有馬がいるのだから。
こんな、どこにでもいそうな冴えない30代会社員よりは、20代芸能人への態度、というかは反応がいいはずだ。
「何々、どうしたの?」
「詩乃?」
「大丈夫ー?」
俺は声がする方を見ると、3人のコンビニ店員がイートインスペースへとやって来る。店内にはどうやら客はいないそうで、この騒ぎに駆けつけたようだ。
「叶さん、ちょっと静かにしてよー。お客さんいたらどうするのさー」
「すみません、店長……」
店長、と呼ばれた40代ぐらいの男は「いやー、すみませんね、本当に」とへらへら笑いながら俺に言う。見た目からして、楽観的に見える。俺は「いえ」と一言言うと、隣に立っていた大学生ぐらいの女の子と男の子が有馬の方を見て、「似てる……?」とハモった。
「どうもー、東雲有馬でーす」
有馬はマスクを取ってニコッと笑うと、大学生の男女が「ええ!?」と叶さんと同じくらいの声の大きさで叫ぶ。俺は溜息を漏らすと、「有馬」と一喝した。
「あ、あの東雲有馬……?」
「そうだよー」
「凄い、凄い、凄い!! 私、大っ好きです! 有馬くんのことデビュー当時から応援していて、今回の『虹』も良い曲でした!!」
「うわー、嬉しい! ありがとうー」
有馬は両手を前に出すと、女の子が手を握って、「キャー!」と黄色い歓声を上げる。隣にいた男の子も「俺もいいっすか?」と言って、手を前に出すと、有馬が「喜んで」と言って握手した。
「しゃ、写真も……?」
「いいよー」
「ありがとうございます!!」
俺は今度は大きな溜息を吐くと、有馬が大学生の男女と一緒に写真を撮る。本来ならば許されない行為だが、今回は見なかったことにしよう。バレたら事務所に何て言われるだろうか。
「あ、SNSとかにはアップしないでねー」
「もっちろんです!」
俺は叶さんに向き直ると、叶さんがキラキラした目で有馬を眺めている。俺は有馬がその視線に気づく前に、口を開けた。
「かの———」
「あ、じゃあ貴方マネージャーさん?」
俺は首だけを動かし、店長を見ると、店長がへらへら笑いながら「うわ、凄ーい!」と興奮する。なんて、タイミングが悪いのだろう。
「芸能人なんて滅多に会わないから、存在めっちゃ疑ってたけど、実際にいるんだねー」
「もう、店長考え方古いっすよー」
「そうですよー」
「てへっ」
———何なんだ、こいつらは。
俺は呆然とした様子で3人を見ると、叶さんがそれに気づいたように「あ、紹介します!」と言って、椅子から立ち上がる。
「一番右にいるのが、ここの店長の小山内さんです」
「どうもー、小山内恭介でーす。店長やってまーす。現在独身、バツイチ、フリーでーす」
「彼女、絶賛募集中です」
「いい人いたら、教えてくださいね」
俺は苦笑を浮かべると、小山内さんが言った言葉をスルーする。
「店長の隣にいるのが、琴音ちゃんです」
「どうもー、高橋琴音ですっ! 大学生やってまーす。ちなみに詩乃とルームシェアしてまーす」
「彼氏、絶賛募集中です」
「いい人いたら、私にも教えてくださーい」
ルームシェア、という言葉に俺は敏感に反応すると、叶さんを見る。見た目からして、高校生ぐらいだと思ったが、大学生だったのか。何だか、申し訳ない。
「それで、琴音ちゃんの隣にいるのが———」
「同じく大学生の真木優一郎でーす! 彼女、絶賛募集中でーす」
「いい人いたら、教えてあげてください」
さっきからいらない情報まで流れてくるが、無視しよう。
俺は全員に会釈をすると、名刺を渡す。3人が一斉に名刺を覗き込んで、それから「ええ!?」と叫んで俺を見た。
「VMEの人なんですか!?」
小山内さんが一番驚きながら俺を見る。俺はさっき有馬のマネージャーだと言ったじゃないかと心の中で思いながら「はい」と頷いた。まぁ、普通は芸能人の所属事務所、ましてやそれがアーティストだったら、知らないのが当然か。
「いや、俺ねー、けっこう芸能界疎いけど、VMEは知ってる」
「そりゃ、そうっすよ、店長」
「だってVMEって言ったら、大手ですよ、大手。有馬くんを始め、Minamiちゃんとか、モネくんにsoraくんとかも所属してるんですから!」
「すげー、俺全部知ってる! もしかして、若返っ———」
「それはないっす」
後ろで有馬が吹き出すと、くすくす笑う。それを見て、3人と叶さんがぽわーんとした顔を浮かべた。全員、有馬の虜になってしまったようだ。
それにしても、高橋さんも叶さん同様、所属アーティストを知っているらしい。随分と珍しい人だ。それとも、叶さん譲りだろうか。
俺は叶さんを見ると、周りに邪魔をされる前に口を開く。
「叶詩乃さん、率直に言います。歌手として、うちでデビューしませんか?」
そう言うと、3人が「ええ!?」と叫んで、その瞬間、聞き慣れたメロディーが店内に鳴って、3人が元気よく「いらっしゃいませー」と言った。その切り替わりを見て、俺は素直に「さすが、プロ」と思ってしまった。
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