あなたなんかに

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停車してまもなく、窓の外に青いシルエットが見えた。 ——よかった。本当にいた。 青いパーカーを着た彼の姿を捉えた途端、なんとも言えない感情が込み上げてきて、湯川はしばらく動けなかった。 さすがに反省しているのか、瀬戸内もしばらく窓越しに湯川を伺ったまま立ち尽くしていた。 返事代わりにドアのロックを外すと、そっと助手席に滑り込んでくる。 文句のひとつでも言ってやろうと思っていたのに、いざとなると言葉が出てこない。 湯川が無言のままでいると、瀬戸内は身動ぎをしながら、恐る恐るといった感じに、声を発した。 「湯川君、迷惑かけてごめんね……」 言われて初めて、湯川は瀬戸内を見た。 彼はぎこちなく笑みを浮かべてはいるが、どこか気弱で、いつもの自信に満ち溢れた姿とは違っていた。 それ見た時、感情よりも先に、体が動いていた。 予想外だったのだろう。 肩を引き寄せて抱き締めた時————瀬戸内は胸元で微かに「あ」と声を上げた。 焚き火に燻されていた昨日と同じ服を身につけているにも関わらず、煙臭さはない。 それどころか、髪や首筋からは嗅ぎ慣れない、いいにおいがした。 彼を自分のなかに収めることで、湯川はようやく、本当に安心したのだった。 「すごい心配したんですよ」 呟くと、彼も返事代わりにゆっくりと、背中に手を回してきた。 首を上下に振ったのが、視界に入ったり見切れたりする。 「俺、傷つけること言ったかなって、めちゃくちゃ後悔したし」 「傷つける? なんで?」 瀬戸内の返答に、一気に羞恥が込み上げてきて、言葉に詰まった。 どうやらそれは、自分の思い過ごしだったらしい。 「勘違いならいいです。忘れてください」 体を離そうとしたが、彼にしがみつかれて、身動きが取れなくなってしまった。 顔を上げると、至近距離で目が合い、仕方なしにふたたび抱き合うような姿勢に戻した。 「いやいや、もういいでしょ。離れましょう」 「いいじゃん。せっかくだから、もう少しだけ」 そう体格差もないし、力はほぼ互角だろう。 寝不足でそれ以上抵抗する気力もないので、しばらくの間、好きなようにさせていた。 瀬戸内は胸に顔を押し付けたまま、勢いよく息を吸って、ゆっくりと吐いた。 それから体を離すと、助手席にもたれて——窓のほうを向いてしまった。 光が反射していて、窓ガラスに映る彼の表情を伺うことができない。 しばらく浮き出た輪郭の綺麗なラインを眺めていると、独り言のようなものがぽとりと、瀬戸内から吐き出された。 「あー悔しい。湯川君なんかにキュンとしちゃったよ、今」 顔が、熱くなる。 「なんかで悪かったですね」 誤魔化そうと吐き捨てるように言ったが、情けないことに声がひっくり返ってしまった。 湯川はそのまま、リクライニングを倒してふんぞり返った。 照れ隠しのために、所作がつい乱暴になってしまう。
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