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「同居人は教えてくれなかったわけ?」
言いながら湯川は、音のデスクを一瞥した。
席に姿はない。
代わりに、その先を歩いていた瀬戸内と目が合って、なんとなく逸らした。
「今、神戸に出張中です」
なるほど。不在だから話しかけに来たのだろう。
音のいる前で仲良く喋っていたら、臍を曲げられて後が大変そうだ。
大智はまわりを見回すと、身を屈めて近づいてきた。
「聡介、最近いいことあった?」
「は、なんで……」
大智は控えめに笑って、ふたたびそっと背筋を正した。
理由を聞こうにも、どう切り出せばいいのかわからず、まごついてしまう。
そして、そう言われて頭をよぎるのは、やはり瀬戸内の姿だった。
「別になんとなく思っただけ。でも、聡介にいいことがあったなら、俺は嬉しい」
大智はデスクに近づくと、たまたまモニターに飾ってあった土産物のシーサーの置物を手に取り、眺めた。
くるくると回して後ろまで見てから戻すと、ふたたび口を開いた。
「本当はずっと、普通に話したかったんだ。この前のお花見で、瀬戸内さんがきっかけをつくってくれたでしょ。あの時、俺、すごい嬉しかったから……」
「呼び出した本人には、そんなつもりはないと思うけどな」
「どうだろね」
湯川は咳払いをして照れを誤魔化すと、ふたたび椅子を左右に揺らした。
やっぱり、今でも可愛いとは思う。
しかし、胸が締めつけられるような感覚がやってこないのは、大智が満たされた表情をしているからなのか、それとも自分が満たされているからなのか。
それは、たぶん——-
「大智、今度また昼飯でも食おう」
思い切って切り出すと、大智は驚いたようにこちらを見た。
湯川は、彼が返事に困らないよう言葉を続けた。
「あ、そんなことしたら同居人に殺されちゃう?」
大智は笑いながら首を左右に振った。
「大丈夫だよ。何も言わせないから。だから、いつでも誘って」
そのひと声がなんだかたくましくて、湯川には意外だった。
以前の大智は音に振り回され、彼のペースに完全に飲まれていた。
今でもそうなのかと思いきや、どうやらその関係性には変化があったらしい。
——もしかしたら今は、大智が彼を、尻に敷いているのかもしれないな。
踵を返し、颯爽と去っていく彼を目で追いながら、湯川はそんなことを思った。
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