君だって

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君だって

瀬戸内の部屋の前まで進むと、インターフォンを押した。 少しの間をおいてドアが開いた時、瀬戸内の表情や声はもう、体内に入ってこなかった。 ただ、彼の焦ったような気配が、首筋あたりにずっとまとわりついてくることだけは感じ取れる。 湯川はそれを振り払うように、部屋の奥へと進み、寝室を覗き見た。 シーツにはシワが寄り、布団はめくれて床に半分ほど落ちている。 ベッドの中央に転がった枕と、丸まったティッシュの、あまりの生々しさに目を背けた。 そこにはたしかに、ふたりの気配があった。 リビングのテーブルには、中身の入ったマグカップがふたつ置かれてはいるが、人のいた名残りがない。 ふたりはおそらく、逢瀬の大半の時間を寝室で過ごしたのだろう。 湯川は眉間を指で摘んで、長いため息を吐いた。 新たな空気を取り込むと、黒いなにかが、粘膜や毛穴にはりついてくる。 「湯川君……」 肩に触れられた時、背筋に走った激情が怒りなのか、それとも悲しみなのか——よくわからなかった。 ただ激しく混乱していることはたしかで、まるで埃でも落とすかのように、その手を荒々しく振り払った。 「こういうことだったんですね」 「違う、聞いて……」 「なにが違うんですか。ベッドの上でトランプしてたの? 毎週木曜日に」 喋り始めると、背中に積もっていくのは落胆ばかりだ。 結局、浮かれていたのは自分だけだった。 まただ。 今回も結局———— 「なんで嘘ついてたの?」 瀬戸内は、自身の二の腕を抱え込むようにして掴んだ。 Tシャツの襟元から覗く鎖骨に、つい目がいってしまう。 「君に、幻滅されたくなかった……」 から笑いが漏れる。 幻滅? もう遅い。 瀬戸内だけではない。呉上に対する落胆もあった。 呉上のプライベート——家族のことや交友関係にまで理想を求めているわけではない。 別に遊んでいたってかまわない。だけど———— ただ、漠然とした空々しさややるせなさだけが、そこらを浮遊している。 彼に憧れて入社した自分ごと、否定してしまいそうだった。 もう付き合っていられない。 勘弁してくれ。 こんなの、馬鹿げている。 他人事のように頭の中で吐き捨てるが、どこかに嫉妬や裏切りという私的な感情が紛れ込んでしまうのは、仕方のないことだった。
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