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「呉上さんにも、好きにさせてたの?」
「違う。そんなんじゃない……。それに、呉上さんは悪くないんだ。俺が、彼の優しさを履き違えて、抱いてほしいって頼んだから——」
「でも、一回きりじゃないんでしょ? 呉上さんは毎週、自分で望んでここに来てたんじゃないんですか」
ボランティアでそう何度も関係をもつはずがない。
この期に及んで、瀬戸内が呉上を必死に庇う理由が、わからなかった。
湯川からすれば、呉上は神様なんかじゃない。
一歩会社を出たらもう、どうしようもなくだらしない、ただの普通の男にしか見えなかった。
瀬戸内の歯切れの悪い回答は、徐々に強烈な不快感となって、湯川を震えさせた。
「それともあれか。枕営業?」
ガムを吐き捨てるように雑に言い放った時、瀬戸内が目を見開いた。
深く傷ついた表情を見た時は、後悔より先に怒りが込み上げてきた。
「ひどい……」
「ひどいのはどっちだよ!」
思わず声を張ると、瀬戸内は俯いて唇を噛み締めてしまった。
気づくと、自身も肩で息をしていることに気づき、ゆっくりと深呼吸をする。
しかし、丁寧に呼吸をするたび、神経が過敏になって痛みが広がっていくようだった。
——自分は傷ついている。
この状況に、はっきりとショックを受けていた。
「自惚れかもしれないけど、瀬戸内さんは俺に好意があるのかと思ってました。俺も、きちんとそれに応えたい、ちゃんと始めたいって考えてました」
「湯川君」
背後から抱きついてくる。
密着すると、呉上の気配までもがまとわりついてきそうで、不快だった。
腹部に回された手を、素っ気なく解いた。
「瀬戸内さんのことがわからないです。俺のこと、からかってたんですか?」
「からかってない。そんなことするはずない……。ただ————」
ふたたび抱きついてくるが、もう解く気にもならなかった。
必死に振る舞われるたびに、虚無感だけが広がっていく。
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