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芝生を蹴る
西日が差しているからだろうか。
漂う空気はほのかに黄色く、春らしい温かみをもって、人工芝の上を漂っている。
吸い込む空気も肌を撫でる風も温く、上昇した体温を落ち着かせてはくれなかった。
——走り回った後は、あれだけ疎ましかった真冬の澄んだ空気が恋しくなる。
「あーだめだ。ちょっと動いただけであっちいな」
タオルで額を拭っていると間瀬が近づいてきて、湯川は広げていた膝を閉じ、端に寄った。
間瀬はシャツの襟ぐりを掴んで風を送りながら、コートに目をやっている。
「ぜんっぜん体動かないわ。やっぱ日頃からちょっと走ったりしないとダメだな」
「だから、山行こーよ」
「いや、それはやめとく。クマこわいし」
定型のやりとりをした後、湯川は間瀬の腕を軽く小突いた。
言い訳なのか本音なのかはわからないが、間瀬はやたらとクマを怖がる節がある。
しかし、彼ほど声がでかければ、クマの方が先に気付いて逃げていくだろう。
内心では思ってはいたが、湯川はそれ以上、なにも言わなかった。
——高校時代の友人たちとは、たまにこうして集まり、フットサルをしている。
皆、仕事や生活が忙しい身だが、それでも2カ月に1度程度ぐらいは誰かが声をあげて、ボールを蹴っていた。
都内にあるフットサルコートは、ビルに囲まれた中にある屋外の施設で、湯川達の定番の練習場所だ。
「瀬戸内サンとはどうなん」
間瀬が、なにげなく口にした。
しかしそれは、彼がこちらに向き合ってきた時から、うっすらと予感していた質問だった。
湯川は曖昧に首を傾げて芝を蹴った。
「いや別に。何もねーよ」
「まだグズグズしてんの〜? 早く付き合っちゃえよ」
間瀬は呆れたような声を出した。
——彼にはあの一件で迷惑をかけてしまったし、巻き込んでしまった以上、ごまかすことはできない。
ただし、洗いざらい喋るわけにもいかないので、間瀬には「瀬戸内とは非常に微妙な関係にある」とだけ伝えてあった。
「そんな簡単じゃねーんだよ」
「なんで? お前、難しいとか簡単だとか、いちいち考えるタイプじゃないじゃん」
「瀬戸内さんはちょっと訳ありだからさ」
間瀬はふーんとだけ言って、ペットボトルの飲料に口をつけた。
瀬戸内とはあれから、会社以外では会っていない。
交流が途絶えてから、もう2週間ほど経つだろうか。
彼との関係は依然として曖昧なまま連休に突入し、ついに5月になってしまった。
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