朝っぱらから

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朝っぱらから

あたりの明るさにまぶたを引っ張られて、目を覚ます。 背中を指が伝う感覚がして、湯川は体の向きを変えた。 「なあに」 問いかけると、人差し指を立てた瀬戸内が、やや照れたように笑う。 「湯川君の体に触ってるの、なんか不思議だなぁって」 湯川は鼻から息を吐いて笑い、瀬戸内の肩を引き寄せた。 胸の中に収まってしまうと、瀬戸内はまた指を立て、鎖骨にあててきた。 「湯川君を初めて見た時から、綺麗な体つきだなって思ってた。君のデスクに行くと、腕とか背中とかつい見ちゃって。触りたいなって、ずっと思ってたから……」 「こっそり目で犯してたんですか」 「うん。してた」 彼は素直に白状して、こちらの胸元に息をぶつけながら笑った。 しかし、湯川だって彼が歩いていると、つい目で追っていたことは事実だ。 距離が近づいた時などは、スーツから覗く、わずかに露出する部分を見つめたりもした。 「あとね、顔も好き。君はあまり自覚がないようだけど、綺麗だよね」 「へぇ?」 つい、間抜けな声を出してしまう。 いままでの人生のなかで、自分に対して、こんなにも「綺麗」という言葉を投げかけてきたのは、彼だけだ。 「容姿に恵まれてて、人望も熱い。仕事もできるのに——器用貧乏っていうか、貧乏くじっていうか」 「おい、貧乏ばっかじゃねーかよ」 頬をつまんで引っ張ってやると、ふふ、と声を出して笑った。 「でも、そんな湯川君だから……たぶん、ずっと惹かれてたんだろうな」 彼の言葉が弾けて、胸の中に浸透していく。 いつからなんだろう。 もうどのくらい前から、彼は————— 「でも、湯川君は俺みたいなタイプは苦手だったでしょ」 「え!? いや、そんなことは……」 「湯川君が好きなのは、小柄で可愛らしくて、健気で——成田みたいな子。羨ましかったな。君から好かれて、選ばれる人間がさ」 湯川はしばし、口をつぐんだ。 選ぶという表現は好きではないが、大智に惹かれたのは事実だ。 今更否定するつもりはない。でも———— 湯川は髪に指を通して撫でた。 「今は瀬戸内さんが一番可愛いって思ってますよ」 真っ直ぐに見つめると、彼の瞳が揺らいだ。 柄にもなく照れているらしい。 「言っとくけど、俺がこんなに可愛いって口に出すの、初めてですからね」 「そうなの?」 「そーだよ」 あの大智にだって、数えるほどだ。 しかし、瀬戸内を前にすると、つい口元が綻んでしまう。 口に出さずにはいられないぐらいに、愛しさが溢れてくるのだった。 「初めてって、なんか嬉しいね」 手のひらを合わせ、握られた。 「そうっすか?」 「俺は——この年になって恥ずかしいけど、気持ちの通じた相手とちゃんと付き合うのは、君が初めてだから。ほんの一部でも、君から初めてをもらうのが嬉しい」 無自覚なのだろうか。あまりのいじらしさに胸が締め付けられそうだった 寝起きだったから唇にするのは躊躇して、額に口づけた。 しかしすぐに瀬戸内の唇が近づいてきて、捕らえられてしまう。
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