芽吹き

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芽吹き

体を離し、隣に寝転ぶ。 起き抜けから想定外の運動をしてしまったせいか、全身に倦怠感が広がっていた。 「瀬戸内さん」 湯川は彼の体を引き寄せて、再び短いキスをした。 瀬戸内の目も、湯川と同じようにぼんやりと滲んでいる。 唇を離すと、人差し指で輪郭をなぞられた。 「すいません。朝からがっついちゃって」 「ううん。俺もしてほしかったから」 囁かれ、人差し指が首を伝う。 そのままやんわりと胸を撫でられた。 「今度、湯川君の、ちょうだいね……」 息を耳に吹き込まれた瞬間、湯川は危うい雰囲気を感じて体を起こした。 「いや、それだけは無理です。諦めてください」 「試してもいないのに無理って決めつけちゃうの?」 湯川は無言でティッシュを引き抜き、事後の処理をした。 すると催促のように背骨を指でなぞられて、慌てて避けた。 冗談じゃない。 考えただけでゾッとする。 自分が瀬戸内に組み敷かれて、あんあん鳴く姿など———— 「違う初めてなら全部あげますから、それだけは勘弁して! 無理!」 「違う初めてって、たとえば?」 「初…………バンジージャンプ、とか……」 我ながら、歯切れのわるい返答だった。 瀬戸内は不服そうに唇を尖らせている。 こちらが思っている以上に、彼はそのことに執着しているらしい。 瀬戸内は、枕を抱えて転がり、ふてくされた態度を取ったのち——なにかを思いついたように体を起こした。 「我慢する代わりに、こっちのお願いも聞いてくれる?」 「なんすか」 久々に目にした、にんまりと口角を上げた表情に、嫌な予感を覚える。 「会社辞めないで」 ——やっぱり。 湯川はため息を吐いた。 「いや、だからそれは無理だってば。この前、退職を延期した時だって父親に——」 言いかけて、尻すぼみになる。 彼の繕った笑みの脅威といったらなかった。 「……犯すよ?」 笑顔のまま、とんでもないことを言い出す。 「いやいや、それ恫喝だからね」 「恫喝じゃない。交渉だよ。採用担当としては、優秀な人材の流出を食い止めなきゃ」 湯川は口を開けたまま、しばし呆れた。 こういうところが不器用というか、なんというか。 もっと普通に、可愛く言えないのだろうか。 「寂しいから辞めないで」と———— 「……半年ですよ」 短く言うと、瀬戸内が顔を上げた。 「半年ぐらいなら、親に交渉してみます。今の時点でキレてるから、また揉めるかもしれませんけど」 どうせまた直属の上司にもごねられるだろうし、繁忙期のなかで引き継ぎもままならないだろう。 間に挟まれてうろたえるぐらいならば、今の段階から親に交渉しておいたほうがよさそうだ。 返事を聞いた瀬戸内の表情は明るく、採用担当としてではなく、一個人としての喜びや安堵が浮き出ていた。 「勘当されたら、貰ってあげるから大丈夫だよ」 「あげるって何だよ。こっちのセリフだよ。まったく……」 ……最初から、そうやって可愛くしていればいいのに。 いや、言ってることは全然可愛くないけど。
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