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「瀬戸内さん、荷物少ないっすね」
「うん。家具とかは全部処分してきちゃったから、服とか、必要最低限だけ」
——随分と思い切ったことをする。
こちらが断っていたら、一体どうするつもりだったのだろうか。
考えかけたのち、湯川は馬鹿馬鹿しくなって打ち消した。
「衣装ケースとか雑貨とか、瀬戸内さんの分が色々ないんで……とりあえずどこかで飯食ってから、ホムセン行きますか」
提案すると、瀬戸内は嬉しそうに笑った。
「いいね。行こ行こ」
繕いの取れた本来の笑みを見て、湯川は思った。
結局、瀬戸内の思惑通りなのだ。
どんな心境であれ、身ひとつで訪ねてきた彼を、自分が受け入れないことはなかっただろう。
そして、あんなに強引な交渉を受けなくても、たぶん恐らくは——退職を延ばしていたに違いない。
結局、この危なっかしくて不器用な、瀬戸内慶太という人間を放っておくことなどできないのだ。
そもそもは、こちらのまいた種だった。
くだらない賭けをして、レモンカルピスサワーを飲ませたのは、ほかではない湯川なのだから。
一度気にしたら最後、彼を丸ごと受け入れて、腹を括るしかない————
「湯川君、先にシャワー浴びていい?」
「うん。タオルの場所……」
「大丈夫。わかる」
瀬戸内は颯爽と歩いていってしまう。
間もなく鳴り響いた流水音を拾ってから、湯川は薄く窓を開けた。
吹き込んできたのは、生温さのない、初夏の空気だった。
——帰ったら、ついでに衣替えをしよう。
クローゼットを半分、空けなくてはならない。
あと、間瀬にきちんと報告をしなくては。
湯川はそんなことを思いながら、窓の向こうにある、街路樹の葉をしばし見つめていた。
その濃い緑色にふと思い立ち、スマートフォンを取り出す。
彼がシャワーを浴びている間に、無限ピーマンとやらのレシピを、調べておこうと思った。
完
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