エスケープ

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こめかみを針で突くような痛みが走って、湯川(ゆかわ)聡介(そうすけ)はため息をついた。 外の湿気と、冷房の効きすぎたオフィスのせいで、ただでさえ体調が優れないというのに、その上、頭痛まで加わってはたまらない。 首を不自然な方向に捻じ曲げながら、ピアノの鍵盤に触れるように丁寧に、パソコンのキーボードに手を添える。 わざとらしいぐらいに伸ばした背筋に違和感があるせいか、口角が震えてしまった。 「湯川君、表情かたいよー」 一眼レフの大きなレンズを通していても、彼の視線が透けて見えるようで、筋肉の緊張とは種の異なる震えが、背筋を襲うのだった。 その、やけに響きのいい声が周囲の関心を誘うのか、隣の席の武山(たけやま)が堪えきれずに吹き出したのが、視界に入った。 「ちゃっちゃと撮ってもらえますかね。ちゃっちゃと」 「もっとさー、こう、爽やかに……ニカッて笑えないの?」 「胡散臭い笑顔なんかつくれませんよ。あなたじゃあるまいし」 皮肉を返してやると、カメラのボディからわずかに見える口角が、楽しげに歪むのがわかった。 彼は何度か、シャッターを切った。 一度切っては焦らすように間を置いて、もう一度。 さらに液晶を覗いて首を一捻りしてから、もう一度。 その間、湯川は張り付いた笑みと不自然な体勢のまま、周囲からの好奇に晒され続けた。
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