1196人が本棚に入れています
本棚に追加
瀬戸内慶太から声をかけられたのは、ほんの10分前のことだった。
採用活動にあたり、WEBの募集ページを制作するから、一部の社員の写真と、簡単なコメントがほしいのだという。
制作部は作業に追われて静まり返っているから、結局のところ、湯川が一番、声をかけやすいのだろう。
軽く応じてしまったが、今となってはやや後悔している。
「んー、やっぱちょっと不自然なんだよねぇ」
ようやく撮影が終わったのか、首に下げたカメラを傾けて、撮ったばかりの写真を見せてきた。
なるほど、たしかに表情がかたい。
「こんな蝋人形みたいな笑顔じゃなくてさー。もっと可愛く笑えるでしょ」
「可愛く笑ってほしいなら、俺に頼まないでくださいよ。新卒とかのほうがいいでしょ」
「今回は中途採用だから、新卒じゃだめなの」
だからといって、別に自分じゃなくても——
瀬戸内はカメラを首に下げて、にっこりと笑った。
「それに湯川君、イケメンだから」
彼が冗談で言っているわけではないことは、湯川にはわかっていた。
しかし周りはそう受け取らなかったようだ。
瀬戸内の言葉に、武山のほか、向かいに座っている部員までが一斉に吹き出して、湯川は羞恥のあまり、身が縮んだ。
これ以上の撮影は勘弁してくれという意思表示のため、瀬戸内に背を向けた。
すると、スリープ状態になっていた黒いモニターに、彼のタイトなスーツ姿が映り込んできて、ふわりといいにおいまでもが、風にのってきた。
湯川は雑念を振り払うように、慌ててマウスを動かし、モニターを表示した。
「もう時間もないし、写真はこの蝋人形のままでいいからさ、Edgeで働いて感じたこととか、教えてくれる?」
湯川はマウスで円を描きながら、椅子にだらしなく寄りかかった。
えーと、とか、うーん、などと無意味に引き伸ばしたのち、時間をかけて瀬戸内のほうを向く。
「制作部は激務で毎日残業です。部員とは面倒事を常になすりつけ合って、ギスギスしながら過ごしています。そんな日々の業務に加えて、事務作業などで少しでもミスをすると他部署の人間がすぐに嫌味を言いにやってきて、追い詰めてくる職場です。社食は量が少なくて味がうっすいので、背脂ののったラーメンが食いたい」
最初のコメントを投稿しよう!