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たっぷりと悪意を込めて言ってやるが、瀬戸内はにっこりしたまま、背筋をまっすぐに伸ばして立っている。
そして、湯川の言葉を咀嚼するように、顎に手を当てて、指の腹で擦りながら
「制作部は忙しい時もあるけど、オフには趣味の登山をしたりして、メリハリをつけています」
「……はい?」
「部員とは、入社歴関係なく、言いたいことを言い合える関係です。他部署の人ともとても親しくしていて、垣根のない社風が気に入っています。また、毎日、背脂ののったラーメンなど、こってりした食事を取りがちなので、栄養バランスが考えられた社食はありがたいです……ってことだよね」
湯川は盛大にため息を吐きながら、とても親しくしている他部署の人とやらに、とりあえず頷いた。
「あー、はいはい。もうそれでいいから、適当にまとめておいてください」
「だめだめ。湯川君の言葉でなきゃ。俺、夕方から出ちゃうから、昼までに300字程度でまとめて送ってね」
すると、身を翻して歩いていってしまった。
彼の気配が遠ざかると、疲れがどっと押し寄せてきて、ふたたび椅子にもたれかかった。
武山は、湯川の疲労の原因を先ほどの撮影のせいだと勝手に解釈したようで、めずらしく「お疲れさま」と労いの言葉をかけてきた。
原因はあれじゃない。普通に振る舞うことによる気疲れだ。
瀬戸内と付き合い始めてからというもの、社内では「いままで通り」を意識しすぎてしまう。
一方、瀬戸内は自宅と会社で、気持ちを切り替えられるらしい。会社でも、今までと同じようにじゃれついてきた。
そのたびに自分だけが慌てふためいているようで——なんとなく釈然としなかった。
椅子を回して、瀬戸内のほうを見る。
視線はついタイトなスーツ姿の、尻ばかり追ってしまい——湯川を煩悩の沼へと引きずり込むのだった。
彼とはもう2週間近く、セックスをしていない。
ここ最近は仕事が忙しく、湯川が帰宅するのは彼が眠ったころだった。
直近の休日はたまたま実家に帰る用事があったため、一緒に過ごせなかったし、こちらがようやく繁忙期を脱したかと思ったら——今度は瀬戸内が、今日から1泊2日の研修に出かけてしまうというのだ。
それに—————
「ため息、でか!」
武山のつっこみで、ふと我に返る。
「え、今ため息ついてた!?」
「無意識だったの?」
間抜けな返答をしてしまい、彼女をさらに笑わせることになった。
——湯川には、ひとつ、気がかりなことがあった。
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