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冷水のような外気がすっかり温くなり始めた、数年前の春の日。
「よろしくお願いします」とこちらに向かって挨拶をしてきた彼の、声や笑顔の澄明さに衝撃を受けた。
どことなく緩んだ表情のマスク勢のなか、一端のたるみもない瀬戸内の姿は、湯川に少しばかりの焦燥と気後れのようなものをもたらしたのだった。
——新卒で入った小さな制作会社を辞めて、株式会社Edgeに転職したのが、28の時。
当時のEdgeは社員が70名に満たないほどの中規模の総合広告代理店で、創立して10年ばかりの新しい会社だった。
広告代理店といっても、もともとは企業のカタログなどを請け負う制作会社としてスタートした経緯もあり、湯川の入社時も、そして今も——その名残を強く残している。
登山やキャンプなどのアウトドアを趣味とする湯川は、アウトドアアパレル系に強いEdgeにもともと興味があったし、社員の平均年齢も低く、新しいことにどんどん挑戦していこうという社風も、転職の大きな決め手になった。
以前いた会社は古い体質で、社員の入れ替わりもほぼなく、唯一の20代であった湯川はいつまでも新人扱いだった。
下っ端ゆえの理不尽な扱いや体育会系のノリを嫌というほど味わわされたのが、転職を考えたきっかけのひとつでもあったからだ。
湯川はデザイナー職での採用だったため、内定をもらった時点で、どこかの制作部に配属されることはわかっていた。
他部署にもひとり、同日に入社をする人間がいることは採用担当から知らされていたが、中途採用は内定式などもないから、接触する機会はなかった。
内定後は引っ越しやらなんやらで忙しく、その事実さえ忘れていたくらいだった。
だから、湯川が同期の存在を思い出したのは——入社当日、会議室で瀬戸内と対面したときだった。
彼を初めて見た時、自分とはまったく違う世界から来た人間なのだと直感した。
働いていた業界はもちろん、卒業した学校や友人関係、生まれ育った環境——何から何までが、一度も交わることのなかった、いわば異世界の住人。
それが、唯一の同期である瀬戸内慶太に抱いた、第一印象だった。
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