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未練
わずかに開けた窓の隙間から、ひやりとした風が吹き込んできて、火照った頬を撫でる。
ビールの缶を床に置いてからソファーに寝転ぶと、手すりに片方のかかとを乗せて足を組みながら、スマートフォンを手に取った。
——今週の金曜日は、なぜか瀬戸内と飲みに行く予定になっていた。
しかも、あちらから誘ってきたくせに、店の予約は湯川に任せるという。
どうせなら瀬戸内のイメージからかけ離れた汚い店にでも連れて行ってやろうと思い、店をあらかたリサーチしておいたのだった。
これまで、瀬戸内とはオフィスで話したり、たまに一緒に昼食を取ることはあっても、ふたりきりで飲みに行くことはなかった。
そういう風に親しくしてきたわけではない。
それが、入社して数年経った今になって飲みに誘ってくるなんて、一体どういうつもりなのだろう。
そもそも彼は下戸らしく、宴席に参加しないことで有名だったから、なおのこと身構えてしまう。
真意が見えず、湯川は密かに怯えていた。
彼は、あのことをどこまで知っているのだろうか————
考えるのをやめて、画像フォルダを開いた。
先日、外出時に通りかかった居酒屋がなかなか汚くていい感じだった。その時は急いでいたので、後で検索しようと思い、とりあえず店の看板の写真を撮っておいたのである。
サムネイルが表示された一覧画面を見ていると、無意識に吸い寄せられたのは、店の写真でなく彼の写真で、気づくとタップして拡大表示していた。
——寝顔を至近距離から撮ったものだ。
笑った顔も好きだったが、無防備に寝ている顔が、実はいちばん気に入っていた。本人は撮られたことに気づいてもいなかったから、今でもこうして、湯川がその写真を眺めていることなど、知りもしないのだろう。
写真を消去できないだけじゃない。
彼が置いていった細々としたものを、湯川はまだ捨てられずにいた。
傷心のあまり、処分する気力がなかったのも理由のひとつだが、もしかしたら——また彼が、ここに戻ってきたら。
馬鹿げているが、そんな期待がまだどこかにあるのだろう。
溢れるのは、自嘲の笑みばかりだった。
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