あなたなんかに

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あなたなんかに

山道を走ると、ガッタンガッタンと一定のリズムで振動する。道路に埋められたこれは、スリップ防止のためなのだろうか。 湯川はそっとハンドルを握って、徐行した。 なぜ瀬戸内は、多摩湖にいるんだろう。 都内のオートキャンプ場から多摩湖までは、車で移動すれば来られない距離ではない。 しかし、飲食店もなにもない、まだ寒々しいこの地に移動してまで、わざわざすることがあったのだろうか。 疑問はぷっくりと膨張したまま、助手席に居座っていた。 埼玉県で生まれ育った湯川は、この界隈をよく知っていた。 幼少期はよく、近くのドームスタジアムで野球を観戦したり、遊園地に行ったものだ。 成人してからは、暇な仲間を引き連れて、真夜中にドライブをしたこともある。 この湖沿いの道にはラブホテル街があったが、一部の宿を除いて、そのほとんどが廃墟となっている。 肝試しと称して、よく通ったのだった。 ——雑木林はまだ寒々しいが、もう少ししたら新緑で明るくなるのだろう。 昼間であれば、この辺を散策するのも気持ちがいいかもしれない。 瀬戸内の身の安全が確認できると、だいぶ気持ちは楽になり、景色を見る余裕も生まれてきた。 ラブホテル街へと続く分岐を曲がらず、道なりにまっすぐ進むと、やがて湖が姿を表した。 巨大な人工湖の真ん中に、ぽつんと一本、橋がかかっている。 橋をまっすぐ進み、やがてドームスタジアムが見えてくると——その駐車場に車を止めた。
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