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昨年、新卒として入社してきた成田大智を見た時、湯川は単純に「かわいいな」と思った。
もちろん、最初からそういう風に見ていたわけではない。それまで自分の恋愛対象は異性だけだったのだ。
常にどこか緊張していて、上司から言われた冗談に、困ったように笑う。その新人らしい素直さやたどたどしさに、純粋な好感をもったのだった。
大智とは新人研修を通じてたまに立ち話をするぐらいには親しくなったが、距離が一気に縮まったのは、湯川が主となって動かしていたプロジェクトに、彼が追加メンバーとして入ってきてからだった。
軽口を叩き合うようになるころには、徐々に深い話をするようになり、やがて大智が新卒の同期である羽田音と複雑な恋愛関係にあり、悩んでいることを知った。
ふとした時に陰る彼の表情を目の当たりにするたび、どうにかして笑顔にしてやりたいと思った。
奔走するうちに——いつしか湯川は、大智に夢中になっていた。
大智と湯川が付き合っていた期間は、3カ月にも満たなかった。
もともと、略奪したようなものだ。
彼の気持ちがまだぐらついているのを知りながら、付き合ってほしいと告げた。
もちろん、大智がどれだけ音のことを好きだったのかは知っていた。生まれて初めてこんなに人を好きになったのだと、口にしていたのも覚えている。
だから湯川は、大智から別れを告げられた時、強く引き留めることはしなかった。
ああ、やっぱり。
そんな思いがあったのも事実だ。
また、大智の固めた意思が、再びぐらつくことはないであろうことも————
ならば、女々しく縋ってこじれるよりも、潔く身を引いてしまうほうがましだと思った。
それに、彼の記憶に綺麗なまま残ることができたら、またいつか——もしかしたら。
腹の底で、そんな往生際のわるいことを考えてもいたのだ。
所詮、大智と音の関係は、うまくいきっこなどないと。
その予想がすっかり外れた今、湯川はあらためて、どうしたらいいのかわからずにいた。
いよいよ、大智を諦めなくてはならない。
時間をかけてゆっくりと突き刺さってくる絶望を、まだ認めたくはなかった。
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