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「で、今までどこで何してたんすか」
湯川は説教じみた口調で言った。
事情を聞くまで、ここから動くつもりはない。
「……智宏と飲んでた」
智宏と聞いて、一瞬、誰のことかと思った。
やはり、間瀬のいう通りだったらしい。瀬戸内は昨日、宮平智宏と一緒にいたのだ。
「宮平先輩と知り合いだったの?」
「うん。彼の兄と俺が、高校の同級生だったの。つまり、友達の弟。びっくりしたよ。緑陽学園って聞いてまさかと思ったけど、湯川君と知り合いだったなんてさ」
湯川はかすかな違和感を持ちながらも、そのまま彼の話を聞いていた。
いくら旧友に会ったからといって、突然いなくなるなんてどうかしている。
「懐かしさのあまり、いきなり消えたんすね。友達の弟と。酒も飲めないあなたが」
露骨に刺々しさを出すと、瀬戸内は膝の上で拳を握りしめた。
「智宏って強引なんだよ。君も知らない?」
「知らない。ほとんど話したことないし」
湯川がおぼろげに思い出せるのは、彼がボールを追いかけている姿だけだった。
「久々だから飲みに行こうって言われて。断ったんだけど、あいつ、一度要求したことは絶対通そうとするからさ。半ば強引に車に押し込まれちゃって。湯川君には悪いと思ったんだけど……」
ふーん。
湯川は空返事をしてから、足を組んだ。
まるで、天秤にかけられて負けた気分だ。
宮平に弱みでも握られているのだろうか。瀬戸内らしくない歯切れの悪さに、湯川は苛立ちを隠せなかった。
「で? なんでこんな湖にひとりでいるんすか」
瀬戸内は一瞬こちらを見て、またすぐに外を見てしまった。
「智宏の贔屓の店がこの辺にあって、一緒に飲んでたんだけど……俺が泥酔して寝ちゃって、気づいたら店にひとりで。ひどいよね。お会計は済ませてくれてたんだけど、財布も置いてきちゃったし、スマホの電池も切れそうだしで、君に————」
「智宏は、このなんもない多摩湖で朝まで飲んでから、車で帰ったんだ?」
畳みかけるように言うと、瀬戸内は俯いてしまった。
湯川は長くため息を吐いてから、窓を薄く開けた。
「まーいいですけどね。細かいことはどうでも……」
全然よくない。
彼の言葉は腹落ちせず、もそもそと丸まって引っかかっていた。
瀬戸内は嘘をつくのが下手らしい。
しかし、強引に聞き出したところで、これ以上は口を割らないだろう。
湯川はもうほとんど意地でエンジンをかけた。
気を紛らわすためにラジオをつけて、あとは自宅まで、ただひたすらに車を走らせた。
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