遠吠え

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 寒い日が続いたので、私は冷え性がひどくなっていた。    会社帰りで地元の駅に着くと、ゼミのレポートを上げたばかりだという弟が、約束通り改札前で待っていた。   「今夜はお鍋にしよう」と私が言うと、 「水炊きがいい」と隣で弟が言った。  材料を買うために駅前のスーパーに寄る。  チカチカするような蛍光灯の明かりが、夕方の心細さを一層募らせた。 「しらたきと白菜と、椎茸、エノキ」と言いながらうろうろしていると、 「鶏つみれ」と言って、弟は買い物かごの中にいくつかのパックを入れた。  買い物を終えて外に出ると、辺りはすっかり真っ暗になっていた。  耳が痛くなるような風が吹き付けるので、私と弟は背中を丸めながら足早に歩いた。 「寒い」と私が震えると、 「うん」と弟が唸った。  手袋をしたままアパートの鍵を開けて、私たちは転がるように部屋の中へ逃げ込んだ。 ガチャン と、やけに大きな音を立ててドアが閉まる。  私と弟は、靴も脱がずに、玄関に突っ立って、スーパーの袋をガサガサとさせていた。 「暗いね」と、何の気なしに私が囁くと、 「アンタ鳥目だから」と弟が呟いた。  電気を点けて、ストーブを焚いて、自立するときに家から持ってきた大きな土鍋を出した。  もう何年も使って居なかったせいか、所々くすんだような埃がひっそりと付いている。 「誰かと家でご飯食べるの、久しぶり」と私がしんみり鍋を拭いていると、 「ババくせ」と、弟が、少しだけ笑った。  それから弟は、口を開けたまま何かを言いかけたのだが、途中でやめたようだった。沈み込むように口を閉じ、また少し、目を細めた。    うちにはカセットコンロがないので、狭い台所で鍋を作る。  家を出てからは居酒屋以外の場所で鍋を囲まなくなっていた。カセットコンロが欲しいと思ったことも、一度もない。 「冷めちゃうかな」と言いながら、出来た鍋を居間に運んでいると、 「先、食べてて」と、さっきまで隣で燗をつけていた弟が言った。  結局、私が配膳をしている間に弟も席に着いたので、箸をつけたのは揃ってからだった。私たちはもうもうと湯気を立てている夕食に舌鼓を打つため、言葉少なに鍋をつついた。
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