水の中へ

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──この人に負けるのは嫌だ。 手に持ってたタオルとTシャツを椅子の上に置いて、心を決めてプールへと歩く。 彼がいるすぐ側に、プールへと入る為の階段があって、一度その前で立ち止まると 階段の脇まで移動して来た彼と目が合う。 階段を一段一段降りて行く度に プールの水が 足首、ふくらはぎへと上がってくる。 スカートじゃなかった事だけが唯一の救い。 膝まで浸かった時、彼が手を差し出した。 「掴まって」 そんな行動にさえ警戒して 「………掴まったら引っ張る気でしょ」 引っ張られて 身体ごとプールの中に落ちる私が頭に浮かぶ。 すると彼は苦笑いして 「そこまで意地悪しない」 ほら、と手を伸ばす。 「……もう充分意地悪だと思うけど」 服でプールに入って来いなんて そんな事普通言わない。 彼はただ、私を試して楽しんでるだけ。 私の言葉にまた微笑んで。 「まぁ、普通はここで逃げるよね。 こんな事言うヤツ怖いだろうし」 やっぱり私を試してる。 だけど、今の顔は何? 今まで見た事ない感じ 自信にあふれた顔が一瞬消えた。 差し出された手に手を載せたら そっと握られて 私は少しずつプールの中へと誘われる。 胸の上まで水に浸かって プールの底に足が着いた。 冷たい水に 私は一体何をしてるんだろう そう思った瞬間 「良く出来ました」 そんな言葉と同時に 濡れた腕で水の中 優しい力で抱きしめられた。
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