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いくら欲しい?
二人にコーヒーを出して戻って来たヨウさんが、何か言いたげに私を見る。
だけど
お客様がいる前で、仕事に関係の無い私語はしない
そんな銀座での教えが当たり前に身に付いてる私達は、目だけで会話をする。
『絢ちゃん、あれ誰だか知らないのかよ』
『……知らない』
言葉にしたらそんな感じの、目と目での会話。
知らないけれど………。
そう思いながら
視線を二人のテーブルの方へと向けたら
不意にこちら向きに座っている男の人と目が合った。
その瞬間、微笑んで見せるから
思わず慌てて目を逸らす私。
──あの人は私を知ってるのかも。
銀座のクラブでは見た事はない。
学生時代の同級生?
……ううん、そんな感じじゃない。
その時、店の裏口から物音がして
ヨウさんがハッとしたように時計を見た。
「内装の業者さんだ。
閉店後に来ますって言ってたから」
行ってくるわ、とバックヤードに消えて行くヨウさん。
残された私は、カウンター内の散らかった道具なんかをしまいながら、なるべく二人の事を気にしないでおこうと背を向けた。
少しして、コツコツとハイヒールの音がこちらへと近付いて来て
「化粧室使わせて貰ってもいい? 」
その声に振り向く。
「あ、はい。奥にありますので、ご自由にお使い下さい」
「ありがとう」
化粧室へと歩いて行く後ろ姿を見ながら、残る香水の強い香りに
そういえば最近は香水なんてつけてないな、と
ふと思った。
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