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チップ
私はこの人の父、藤井さんに
“買われた”なんて
そんなふうに思った事は、今まで一度だって無かったし、そんな関係では無かったと思ってる。
だから意地悪そうに微笑む彼から
少しも目を逸らさずに
「………お断りします」
ただ一言、そう言った。
するとまた
少し私をバカにしたような、そんな笑い方をして
「なんでよ。
こんないい話ないだろ?
オレに買われるんだよ? 」
カウンターについてた手が離れ
そっと私に伸びる。
苦労なんて知らなそうな、彼の綺麗な指がこの髪に触れた。
「親父より、オレの方が絶対良いよ」
自分に絶対の自信を持ってる顔。
だからこそ初対面の女にこんな事、自然に出来ちゃうんだ。
手慣れた感じも、嫌って程伝わって来る。
「……なんで私……? 」
そう聞いた瞬間
奥の化粧室のドアが開く音がして
彼は顔を私の耳の側まで寄せ
「残念。続きはまた今度」
そう私だけに聞こえる声で囁くと
スッと離れ
カウンターから出て行く。
「会計して貰って良いかな」
カウンターを挟んで
この数分の事なんて何も無かったかのように
会計の為にここに来た、そんな雰囲気を漂わせる。
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