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「おーい。何、寝とんじゃー。はよっ、起きんかいっ」
必死に睡魔をこらえながら補習を受けていたぼくに罰を与えるように、怒鳴り声はぼくの耳もとに届いた。
周りを見回しても教室内には、当然誰もいない。補習担当の先生は急用ができたということで、職員室にいるはずだった。すぐに戻ってくる、と言っていたが、三十分近く経っても帰ってくる気配はなかった。
もう一度、似たような怒鳴り声が聞こえて、ぼくは声のほうへと目を向ける。
窓越しに見えるのは、野球部の練習風景だった。グラウンドの真ん中辺りで地面に横たわるユニフォーム姿の生徒がいて、それを見下ろす小太りの中年男性が目に入る。野球部の監督をしている山野先生だった。倒れている生徒の顔はここからでは見えないけれど、見覚えのある後ろ姿だった。
ぼくの通っていた青南高校は野球強豪校として知られ、甲子園に出場したことも何度かあるような学校だった。プロ野球の一軍で活躍する選手の中にも、青南高校が母校だという生徒が何人かいて、「あの生徒を教えたことがある」と自慢する先生もめずらしくなかった。
練習は厳しいことで有名で、数年前には旧時代的なスパルタ指導を行う野球部の代表例として槍玉に挙げられたこともある。
またか……、と思わずため息が出る。こういう場面を見るのは初めてではなかった。批判されてもおかしくないような指導方法だと素人目にも分かるほどで、他人事ながら見ていて気持ちいいものではない。
倒れていた生徒がゆっくりと立ち上がった後、また、ふらつく。
その生徒のもとへ駆け寄ってきたジャージ姿の女子生徒が、支えるようにその生徒の肩を持つ。
ようやくその男子生徒が誰なのか分かる。
ユウヤくん……。ユニフォーム姿の彼――ユウヤくんとは一度も話したことないがない。だけど、よく知っている。とても端正な顔立ちをしていて、誰とでも分け隔てなく接するので周囲からの評判もすこぶるいい。
ぼくは、彼に嫉妬していた。
それは彼がイケメンだとか女性に人気があるとかそんな理由ではなく、彼に対してでしか生じえない嫉妬だった。
彼の肩を支える女子生徒の顔も見た時の感覚。胸がざわつくような感覚というのは、きっとこういうことをいうのだろう。初めて味わう感情に戸惑いながらも、ふたりの姿から目を離せずにいた。
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