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補習が終わって、自転車を押しながら校門を出ると、
「小野くん!」と、後ろから大きな声で呼びかけられる。「なんで帰る時間がほとんど同じ時間なのに、先に行っちゃうの……」
振り返ると、すこし怒ったような、そしてすこし寂しそうな彼女の姿があった。
「いや、ごめん。野球部、忙しいかなって……」
「そんな変な気なんて回さなくていいよ」
「あぁ、うん……。分かった」
もともと会話は得意じゃないけれど、彼女を前にすると、特に緊張してしまってうまく話せなくなってしまう。
付き合ってください。彼女に呼び出されて、そう言われたのは、この日より一か月くらい前のことだった。付き合ってください……。突然の言葉に頭が真っ白になって、返事ができずにいると、
彼女はもう一度、付き合ってください、と続けた。
彼女とはクラスメートだったので、もちろんしゃべったことがないわけではなかった。それでも仲が良い、という関係ではなく、呼び出されたことにさえ戸惑っていたくらいだった。
それが急に恋人という関係になり、ぼく自身が一番戸惑っていた。
最初は罰ゲームなんじゃないか、と疑ったりもした。卑屈さが顔を出し、もしかしたら誰かが『ドッキリ大成功』という立て札を持って現れるのではないか。そんな現実味の薄い妄想を頭に浮かべたりもしたが、そんなことが起こるわけでもなく、二人でたまに帰ったり、二人でどこかに行ったり、クラスメートにそのことをからかわれたり、自他ともに認める恋人同士……なのだろう。
けれど……、
不安が尽きることはなかった。
短い期間ではあったけれど、徐々に戸惑いは好意へと変わっていった。好意が強くなれば強くなるほど、不安は大きく膨らんでいった。
「山野先生ひどいんだよ。今日、練習でね……」野球部のマネージャーをしている彼女はいつものように部活でのことを話し始めた。「やっぱり許せない。ユウヤくん。今日、練習前からちょっと体調悪そうだったんだ。練習中、休ませて欲しいってユウヤくんが言ったら、先生怒っちゃって……。倒れるまでやるなんて、やりすぎだよ」
悲しみを混じらせながら言う彼女の言葉に共感を覚えるよりも先に、別の感情が顔を出す。
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