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01.せんぱいとの出会い
調理室の中は甘い匂いであふれている。
今日のメニューはシフォンケーキだ。ふわふわに焼きあがったスポンジに、生クリームを添える。シフォンケーキのほのかな甘さと生クリームのさっぱりとした甘さが合わさると程よく口に広がる。
うん、今日もうまくできた。
百瀬くるみは満足げに微笑む。
小さな手でフォークを掴み、小さな口へと運ぶ。料理をする時は長い黒髪をひとつに結って清潔に、がモットーだ。
学園に入学して数ヶ月、もともとお菓子作りが大好きだったこともあり調理部に入部したくるみの腕前は日に日に上がっていた。週に四日行われる調理部は、食事のメニューやお菓子、季節もののメニューなどを作っていた。
作ってみたかったけれどコツがよくわからないお菓子を作れることがうれしい。シフォンケーキだって、一人で何度練習してもこんなにふわふわには焼けなかった。また勉強になった、とにこにこ口元を緩ませていた。
食べ終えて片付けも済ませ他の生徒たちと話をしていると、そわそわしてくる。
そろそろ顔を出してくれる時間だ。
「百頼」
低い声がくるみを呼ぶ。
振り向くとそこにいたのは――。
「猛先輩! お疲れ様です!」
小田島猛。
ボクシング部に所属している1学年上の先輩だ。調理部のみんなはもうこの光景に慣れているはずだが、それでも彼が登場すると狭い室内がざわつく。
くるみとの身長差は約30センチ以上。
くるみが平均よりも低い150センチというのもあるが、猛の身長が180センチ以上はあるので見上げるのが大変だ。
それだけではない。
ボクシング部に所属しているだけあって、身体つきは逞しく、筋肉もある。さらには顔つきも鋭い。顔が怖いというほどではないが、体格も含めて迫力があり、女子生徒、特に後輩から怖がられているシーンを何度も目にしてきた。
今だってそうだ。
くるみがどうして彼と仲良くしているのかみんなはまだ理解していないみたいだ。もちろん、くるみがみんなに猛との話をしていないせいだ。でもわざわざ説明する必要もないと思うし、いつかみんなだって彼のやさしさに気がつくはずだろう。
くるみだって、最初は怖かったのだから。
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