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(no side)
鑓水は拗ねていた。
ツンとした表情で賑やかな屋台通りを歩く。
「なあ、」
「………」
「おい」
「………」
「おーい」
「………」
こちらには見向きもせず反応もない鑓水に対し、如月は隣からめげずに話しかける。
不貞腐れてるくせに、こうして如月の歩幅に合わせて歩いているということは、見かけの割にそこまで怒ってはないんだろう。
だが如月は、本気で怒らせてしまった、と内心焦る。
「……、」
話しかけてもシカトされてしまうので、今度は鑓水の二の腕をチョンチョンと人差し指で突いた。
そこでようやく鑓水はピクッと眉を動かし反応を見せる。
「………一緒に回る時間、短くなった」
口を尖らせたまま横目で如月を見る。
「ただでさえ30分しかないのに」
「悪かったって」
「しかもベンチで黄昏てて遅れたって何!」
「一回座ったら立てなくて」
「おっさんじゃん」
待ちに待った本命とのデート。
浮き足立ってこの時を待っていた鑓水だったが、生徒とのお祭りデートが終わってから如月はなかなかテントに戻ってこなかった。
何かあったのでは、という不安と、刻一刻とデート時間が減っていく悲しさと戦っていたところで、集合時間の10分遅れで如月は戻ってきた。ベンチで黄昏ていた、という理由を添えて。
まあ何はともあれ無事だったからよしとしたものの、デートの時間が一分一秒でも減ってしまうことを惜しんでいるのは自分だけだった、と再び悲しくなった。だからせっかくの本命とのデートだと言うのに鑓水は不貞腐れていたのだった。
「……」
けどまあ、さっきの二の腕チョンチョンは結構…いや、かなり…めちゃくちゃキュンときた。
出来ればもう一回やってほしいくらいだ。
如月に触れられた二の腕が少しの熱を帯びている。
この時点で鑓水の怒りはほぼ無くなっていた。
「ごめんな」
反省してるのか、鑓水の顔を覗き込み塩らしい表情で謝罪をしてくる。
そんな可愛く謝られたら許す以外の選択肢なんてない。
ベンチで腰を下ろしてしまうほど疲労が溜まっていたんだろう、と解釈し、鑓水は観念したように溜息をついた。
「罰として、俺の腕に手回して歩いて」
そう言って如月が手を回しやすいように肘を曲げた。
最初はぽかんとしていた如月だったが、何だそんなことで許してくれるのか、と素直に手を回した。
腕を組んだことによって好きな子と体がぴったりと密着したので、鑓水は口元を緩ませた。
生徒会役員同士、しかも腕を組んでいることもあってか、先程からチラチラと視線を感じる。
だが、今日は、今日だけは、頼むから誰も邪魔してくれるなよ、と殺気にも近いオーラを鑓水が出しているお陰で話しかけてくる生徒はいなかった。
「ねぇカイチョー、射的ってやったことある?」
「射的? いや、やったことない」
「じゃあやろ!」
鑓水は射的が得意だった。
父親にハワイで射撃場に何度か連れて行かれた経験があるのだ。
金持ちならではの遊びだが、そのおかげで、的を狙うことに関してはそれなりに自信があった。
これは良い所を見せれるぞ、とウキウキする鑓水。
好きな子に自分のかっこいいところを見せたい、という一心で如月を連れて早歩きで射的の屋台へとむかう。
「お兄ちゃん達も挑戦するかい?」
屋台には射的銃が四つとコルク玉が置いてあり、正面には景品がずらっと並んでいた。
撃てる場所は四箇所あったが、二箇所は既に別の生徒達が挑戦中で盛り上がっていた。
屋台のおじさんは気前が良く、ニッと笑って話しかけてきた。
「うん、二人で」
「はいよ。一回三百円で三発打てるからね。景品が倒れたらクリアだよ」
「は〜い。カイチョー先やってみる?」
台に置いてある射的銃を手に取り問いかけると、如月は頷いた。
初めての射的に多少の興味を示しているようで鑓水は嬉しくなった。
「そこのコルク玉をここに入れてー」
初心者の如月に対して丁寧に優しく教える。
「あ、カイチョー。コルク玉は形が整ってるやつの方がいいよ」
「そうなのか?」
「形が歪だと空気が抜けて遠くまで飛ばないの」
「ほー、よく知ってんのな。……これとかどうだ?」
如月が持っていたコルク玉はかなり使い古されたものだったようで、所々が欠けていた。
言われた通り形が綺麗なコルク玉を選び直し、鑓水に見せる。
とても些細な事だが、なんだか頼ってもらえてる気がして鑓水は気分よく親指を立てた。
選び直したコルク玉を設置し、よし、と気合を入れる如月。
隣の人をチラリと見て、見様見真似で構えてみる。
「何狙うの?」
「ゲーム機」
左上に置かれた景品。
箱に入ってるゲーム機に既に狙いを定めていたようで、如月は即答する。
普段ゲームなんてしない如月がそれを狙っている理由は、生徒会室にあったゲーム機のうち一台を悪魔でサイコパスで性悪男のゴリラにお釈迦にされてしまったからだろう。
「初心者のくせに大物狙いとか図太い神経してんね。流石カイチョー」
「褒めてんのか貶してんのかどっちだ」
「褒めてるに決まってるでしょ〜。ほら、もっと脇閉めて」
自分の欲しいものではなく双子のために無茶なゲーム機を取ろうとする姿を見て、あぁこういうところが好きなんだな、と鑓水は改めて思う。
初心者があれを倒すのはほぼ不可能だろうが、その思いを叶えてやりたくなり、的中率が上がるよう、如月の二の腕に触れ、脇をさらに閉めさせる。
そして構える如月の手に自分の手を重ね、銃の角度を調整してやった。
ここに関してはわざわざ手を重ねる必要はなかったので、鑓水の下心が垣間見えた瞬間だろう。
景品の上部左右を狙うといい、というアドバイスもしたが、残念ながら景品が倒れることはなかった。
最後の一発は倒れはしなかったものの景品には当たっていたので如月は少し悔しそうにする。
「俺に任せて」
鑓水は頼もしい笑みを見せ、手慣れた手つきでコルク玉を設置し射的銃を構えた。
その瞬間、表情が変わり、獲物を狩るスナイパーのように瞳を光らせた。
そこからはとてもスムーズだった。
まず一発目、箱の左上辺りに見事コルク玉が的中し景品が揺れ動いた。
息を吐く間もなくすぐに二発目を打つ。これも見事的中し、ゲーム機の箱が後ろに倒れた。
あまりにもスピーディな手付きに如月は「凄…」と声を漏らす。
「お兄ちゃん凄いねぇ!! まさか二発で倒すとは。こりゃ参った、おめでとう!」
「へへ、どーも」
屋台のおじさんに拍手され、鑓水は得意げに鼻の下を人差し指で摩った。
「どう? かっこいい?」
男性的な笑みを浮かべてこちらを見てくる鑓水は、本人の言う通りかっこよかった。
これが「ギャップ」というものなんだろう。
こいつにはこんな一面もあったのか。
役員達のことは前よりも理解しているつもりだったが、まだまだ知らない部分も多いのだと如月は思った。
「凄かった、本当に」
素直な感想を述べる。
鑓水は、ようやくかっこいい所を見せる事が出来たので、嬉しそうに笑った。
「じゃあカイチョー。今度は自分が欲しいもの選んで。まだ一発残ってるからさ」
「………え」
「ほら早く。どれがいい?」
「あ、あぁ…」
急かされて焦る如月はズラリと並んだ景品全てに目を通す。
元々物欲がないので、どれがいいかと聞かれても即答が出来ない。
欲しいもの、欲しいもの…と次々に流し見していく中、一つの景品に自然と目が止まった。
「…………」
先程のゲーム機が一等だとしたら、それは間違いなく八等、九等レベルだろう。
それでも今の如月にとって、それは、一等以上の価値があるものだった。
「………アレ」
今一番欲しているもの。
今一番恋しいもの。
それをゆっくりと指差し、ハッキリと告げた。
「アレがいい」
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