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ドアが開いて、リビングの光景が目に飛び込んでくる。
フローリングの上には点々と散らばった衣類。
靴下、ネクタイ、スカート。見覚えのあるものもないものも一緒くたになっていて、その中には脱ぎ捨てられたストッキングも見えた。
それはまるでソファーまでの道を作っているかのように。
リビングの顔となる大きなソファーは、同棲する時に千紗子と裕也が最後までこだわって買ったものだった。
ソファーの背越しに顔を出している裕也と目が合った。
「ち、千紗!」
目を大きく見開いた裕也に名前を呼ばれた瞬間、千紗子の体を大きな震えの波が駆け抜けた。
それは怒りなのか悲しみなのか。
今の千紗子にその判別は付かないけれど、これまで抱いたことの無い負の感情が自分の中に湧き上がってくる。
心を覆い尽くそうとする黒い何かを抑え込もうと、奥歯をギュッと噛みしめると、体がブルブルと震えた。
そんな千紗子の背中をそっと撫でる手があった。
(雨宮さん…)
そうだ、今ここには職場の上司がいる。
そのことを思い出した千紗子は、少しだけ冷静さを取り戻した。
「どう、して………」
それだけが音になって口から出た。
「…………」
ソファーの背越しの裕也は、千紗子から目を逸らし視線をさまよわせた後、そのまま口を閉じている。
「裕也………」
沈黙が落ちて、時間が果てしなく感じる。
二人の間の沈黙を破ったのは、高くて細い女の声だった。
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