9. 笑顔と唇

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9. 笑顔と唇

 「ちぃ、これで全部か?」  「はい。必要な物は全部詰めました。」  千紗子と一彰の公休日が重なった最初の日、二人は千紗子が裕也と暮らしていたマンションに来ていた。  裕也は仕事で留守にしているが、前もって今日千紗子の荷物を運び出すことは連絡済みである。そのメッセージを送った時、裕也からは短く『了解』と返信があっただけだった。  「そんなに多くないから二往復で運び終わりそうだな。じゃあ、俺は荷物を車に乗せてくるから、ちぃは忘れ物がないかチェックしてて。」  「はい。」  玄関に三つ重ねた段ボールのうち二つを一彰が軽々と持ち上げているのを見ながら、千紗子は玄関扉を押さえて彼を送り出す。    千紗子の借りたマンスリーマンションには家電や家具が備え付けてある為、ここから持って出る必要はないし、食器類などは殆どが裕也との揃いのものばかりだったので今後使おうとも思えず、ここから運び出すのは自分の衣類と本や雑貨くらいだ。  そもそも千紗子は多くのものを買い込むタイプではなく、洋服やアクセサリーなどは気に入ったものを大事に長く使う方だ。  その他の雑貨などもそんなに多くないが、唯一本だけはそこそこの量があった。  (よし、忘れ物はないわね。)  部屋をぐるりと見回した後、千紗子はダイニングテーブルの上にあらかじめ用意してきた手紙をそっと置くと、(きびす)を返して、玄関に向かった。  【佐々木 裕也 様   私の荷物は全て運び出しました。   残ったものの処分はあなたの判断に任せます。   鍵はドアポストの中にいれます。      これまでありがとう。お元気で。          木ノ下 千紗子  】
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