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そこからの千紗子の記憶はおぼろげだった。
濁流にのまれていくような、
深海に落ちていくような、
霧の中を彷徨うような、
ただそんな感覚だけ。
熱い舌が彼女の弱点を探し出し、執拗に攻め続けて容赦なく千紗子を追い込んでいくのに、それとは逆に、その手は壊れ物でも扱うように優しく、千紗子の全身を癒すように撫で続ける。
段々と追い詰められた千紗子からうめき声とは違う声が漏れ出る。
その声すらも我慢しようとすると―――
「声を我慢するな。叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから。全部声と一緒に吐き出してしまえ」
彼はそう言うと、また彼女を容赦なく責め立てた。
唇だけでなく、その指までもが千紗子の柔らかな場所に触れる。
その感覚に、千紗子の口からとうとう声が出た。
すすり泣きと喘ぐ息が混ざりあった声が、口から漏れる。
その声は段々と大きくなり、すすり泣きは号泣へとに変わる。
慟哭と愉悦の入り混じった声が、二人きりの部屋に響き渡った。
「それでいい。千紗子の声をもっと聴かせて」
ちゅうっとリップ音を立てて、彼女の涙を吸い上げたその男性は、彼女の胸元にも唇で吸い付いて、赤い印を落とす。
何度も何度も、判を押すように体中にくちづけられて、赤い花があちこちに散った。
千紗子の全身を隅々まで触れるそのひとの、その表情がひどく切なげであることに、今の千紗子には気付く余裕すらない。
彼の唇と手によって何度も絶頂に押し上げられ、何度目かのその時にとうとう意識を手放し、深い眠りに落ちて行った。
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