1・涙と唇

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 そこからの千紗子の記憶はおぼろげだった。  濁流にのまれていくような、  深海に落ちていくような、  霧の中を彷徨うような、  ただそんな感覚だけ。  熱い舌が彼女の弱点を探し出し、執拗に攻め続けて容赦なく千紗子を追い込んでいくのに、それとは逆に、その手は壊れ物でも扱うように優しく、千紗子の全身を癒すように撫で続ける。  段々と追い詰められた千紗子からうめき声とは違う声が漏れ出る。  その声すらも我慢しようとすると―――  「声を我慢するな。叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから。全部声と一緒に吐き出してしまえ」  彼はそう言うと、また彼女を容赦なく責め立てた。  唇だけでなく、その指までもが千紗子の柔らかな場所に触れる。  その感覚に、千紗子の口からとうとう声が出た。    すすり泣きと喘ぐ息が混ざりあった声が、口から漏れる。  その声は段々と大きくなり、すすり泣きは号泣へとに変わる。  慟哭と愉悦の入り混じった声が、二人きりの部屋に響き渡った。  「それでいい。千紗子の声をもっと聴かせて」  ちゅうっとリップ音を立てて、彼女の涙を吸い上げたその男性は、彼女の胸元にも唇で吸い付いて、赤い印を落とす。  何度も何度も、判を押すように体中にくちづけられて、赤い花があちこちに散った。    千紗子の全身を隅々まで触れるそのひとの、その表情がひどく切なげであることに、今の千紗子には気付く余裕すらない。    彼の唇と手によって何度も絶頂に押し上げられ、何度目かのその時にとうとう意識を手放し、深い眠りに落ちて行った。
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