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13
「…ごめん、樹。樹のことは、本当に大好きだった。けど………
言葉を選ぶより前に、私の口はピシリとアイロンのかけられた白いハンカチで塞がれた。
ツンと香る、鼻につく刺激臭。驚いて思わず息を呑み、その拍子に大きくその薬品を吸い込んでしまった。
途端に力が入らなくなる体。けれど量の問題なのか、それとも私の体質の問題なのか、完全に意識を失うところまでは行かず、薄っすらと残る聴覚に聞き覚えのある悲しそうな声が聞こえて来る。
「…ごめんな。全部、俺のせいにしてええから。」
なんで
なんで樹が謝るの?
悪いのは私たち。
罪を承知でページを開いた、悪魔の血を分かつ〝きょうだい″なのに。
そのまま抱えられてエレベーターを降りる。
旅館という場所柄、悪酔いしたか、湯あたりでも起こしたもんだと思われたらしい。
通り過ぎる人々の中で私を抱える樹に声をかけた人は、1人もいなかった。
そのまま押し込まれた車の助手席。
柊木さんの高級車とは座り心地が違うので、もしかしたらレンタカーなのかもしれない。
樹が小さく溜息を吐き、雑にアクセルを踏む音が聞こえる。
ねぇ、樹。
ここは雪国の山の中で
車は慣れないレンタカーで
あなたは、執事のくせに助手席に座るほど
運転が下手でしょう?
まるで声にはならない私の言葉に応えるかのように、まだいくらも走らないうちに
キキーーーーーーーーーッッッ
と、派手なブレーキ音が
薄ぼんやりとした私の耳の奥に、空間をつん裂くような衝撃を伴って
響いて来た。
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