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「…由梨ちゃん!」 「…え?」 ゆっくりとこちらを向く愛しい人。 咄嗟に布団から出た手を取り、力を入れすぎないよう気をつけながら、その顔を覗き込む。 けれどなぜかその温かな手は俺の手をすり抜けるように引っ込められ 警戒心の宿る瞳が、忙しなく誰か違う人間を探している。 え? どうして… 「……あの……すみません……誰か、病院の方は………」 おずおずと俺に差し出された言葉は、なぜか全然違う人の声のように聞こえた。 「…あ、今…呼ぶ………」 枕元のナースコールに手をかけた瞬間、ハッとしたように目の前の瞳が大きく開く。 「あのっ…!!樹は…!?樹は無事なんですか!?」 急に大きくなった声。焦った顔。 その瞳はすでに、俺のことなんて映しちゃいない。 「…あの……どなたか存じませんが、車を運転していた男性がいるはずなんです! どうなったか分かりませんか!?私の……私の恋人なんです!!」 ああ そうか。 そやな。 いつか罪を償う日が来るって この禁忌の代償を払う時が来るって 分かってたで、俺。 まさかこんな形やとは思わんかったけど。 思わず目を背けたくなるような結末やって、 知ってて本を開いたのは 紛れもなく、俺らやったもんな。 「…由梨ちゃん。俺のこと、分からん?」 「…すみません、ちょっと…どこかでお会いしたような気はするんですけど…。 あの、それより樹は…!」 ふっ…と力無い溜息が漏れる。 「…ちょい待ってて?ナースステーションで聞いて来るわ。」 もしかしたら、時間が経てば思い出すかも。 今は記憶が混乱してて、一時的な記憶喪失になってるだけかも。 そんな仮説は意味がない。 俺たちは引き裂かれたんや。 運命という残酷な斧に 一目ずつ紡いだお互いを守る布ごと なんの温情も無く、真っ二つにされた。 そやな。 あれだけたくさんの人を悲しませておいて 何も無しってわけには、いかんもんな。 ナースステーションで入院費の先払いとして手持ちの札束を無理矢理渡し、そのまま外へ出て旅館に戻った。 そして荷物をまとめてすぐにチェックアウトした俺は 懐かしい、東京郊外の屋敷へと戻った。
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