9

1/1
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ

9

「だって樹、運転下手なんやもん。」 通してもらった応接間。 絶対高そうな深紅のソファに、真っ黒のローテーブル。全体的に物は少ないが、やたらとだだっ広い。なぜか間接照明しかついておらず部屋全体は薄暗いが、それはそれで雰囲気がある。 「オシャレな魔王の城」って感じ。 座ってすぐ例の疑問を尋ねたところ、返ってきたのは非常に明快な答えだった。 「ギャーギャーうるさいしブレーキ急やし、怖くて無理!それに俺、運転大好きやから!自分でハンドル握りたいねん!」 へー。変わったご主人様だなぁ。 でも「苦手なことは得意な人が」って、効率的でいいな。 頭が柔らかいんだろうな。 銀行って〝古くて堅い″規則のオンパレードだから、ちょっと羨ましい。 そんな風な雑談を続けていたら扉がトントン…とノックされ、紅茶の載ったシルバーのトレイをダルそうに持った樹と上品なメイドさんが、並んで応接間へと入って来た。 「あ、お茶来たぁ!」 「ったく、重いねん。こぼすと熱いし。」 「こぼすなよ…」 樹の隣にいる、私たちの母親くらいの年齢のメイドさんが、優しそうな笑顔のまま 「佐野くんはお客様の前ではその言葉遣いやめましょうね。」と、凛とした声で嗜めている。 「コイツ俺の友達やもん。別にええやん!あれ、もしかしてミカコちゃん…焼きもちぃ?」 ニヤニヤしている樹のことを、メイドさんが空になったトレイでベンっ!!と叩いた。 「どっちもどっちやん!」 柊木さんが笑いながら紅茶を手に取る。軽い調子だけど、指の先まで仕草が綺麗。 手の中のウェッジウッドのジャスパー・コンランまで含めて、全てが古い洋書の挿絵みたいに美しい。 王子様って、実在するんだなぁ… ついつい見惚れてしまう。 手に持ったティーカップを口に運ぶことも忘れて、ぽーっと目の前を見ている私のことを、樹が眉間にシワを寄せて見ていることには、まったく気づかなかった。
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!