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何の変哲もない、1月の金曜日の仕事帰り。 「お疲れ様でーす。」 まだ残っている人たちに声をかけたあと、職場である銀行が入った大きなビルから出たところで、目の前に大きくて平べったい車が停まった。 わ、すごい高級車…なんだっけ、この車。なんか有名な車種なんだよね。 ピカピカでツヤツヤ。色も、なんだか漂白したような真っ白。 きっと国産車とは違う塗料なんだろうなぁ。傷つけたら大変そう… うちのお客様かなぁ…。 コソコソとマフラーから覗いている目を向けながら横を通り過ぎようとしたら、運転席がカチャッ…と開いた。 飛び出してきた金髪の男性がなぜかまっすぐに私の姿を捉え、大きな目をパッと輝かせる。 「由梨ちゃん!」 「…え?」 「由梨ちゃんやろ!?」 一目見て分かる、高級そうなスーツ。もうすっかり暗い冬の空の下でも、滑らかそうな生地が淡く光っている。 まるでこれから何か由緒ある式典に参列するかのような華やかさだ。 けれどきっちりした服装の中にも足元のマッドな赤茶の革靴には遊び心があり、小さなドッド柄のネクタイには可愛らしさが滲んでいる。 そもそも顔立ちは日本人なのに白に近いような金色の髪で、耳元にはピアスまで揺れている。何者なのか全然わからないけど、とりあえず私に用事があるらしい。 「…私、ですか?」 どう考えても会ったことが無いので、驚きと不安が混じった怪訝そうな声が漏れた。 それでも足を止めてしまったのは、僅かな好奇心と なんだかんだで、目の前の人がぶっ飛ぶ程のイケメンだったからだろう。 不細工だったら、その怪しさから「人違いです。」と言い放って走って逃げたかもしれない。 そう。 結局世の中なんて、そんなもんじゃん。 25歳の私はそんな風に、「1人で納得する」ことが とても、得意になってしまった。
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