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「……今、何時だ?」
ようやく整えた黒髪を無造作に束ねると、まだ眠そうな鳶色の目が女性を見上げる。
「一時四〇分です。依頼者は二時には来るって連絡がありました」
ヘアブラシ片手に綺麗な笑顔でほほ笑んだのは金髪に青いお目々の女性だ。
白いブラウスと大きな花柄のフレアスカート、年のころは二十代初め。
(以前、年齢を確認したらグーパンチが飛んできたので詳細は分からない)
名前は園田香苗。名前で分かるだろうがこの見た目で生まれも育ちも日本、正真正銘の日本人だ。
正確には半分スペインの血が混じるこのビルのオーナーの孫。
いわゆるお嬢様だ。
「依頼者が来る前にさっさと着替えて来てください。仕事です」
甲斐甲斐しく世話を焼く香苗に子供のように追い立てられ、達也はしぶしぶ事務所の奥の居住スペースに着替えに行く。
さすがによれよれのシャツでは印象はよろしくない。
どんなに遅くなっても終電を気にすることなくドア一枚で事務所と行き来できるのはありがたい。通勤時間ゼロ分である。
なんと家賃も事務所と一緒であるから経済的だ。
クローゼットから商談用のスーツを出して着替えると、テーブルの上に放置されていた眼鏡をかけて眠たそうな鳶色の目を眇める。
「お客様が来られました」
扉の向こうから聞こえるのは香苗の声。幼い子供に小言を言うような声だ。
慌てて曲がったネクタイを直し背筋を伸ばす。
「分かった」
(さて、仕事だ)
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