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先ほどまで達也が伸びていた。否、寝ていたソファーに座り、香苗の入れた紅茶を飲む男。
テーブルの上にはこの事務所の名前と住所が書かれた青い封筒がある。
この人物は特別な依頼人だ。
「初めまして。この事務所の責任者の香月達也です」
低いテーブルを挟んで達彦は人当たりのいい営業用の笑顔で握手を求める。
男は一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに取り繕い笑顔で応じる。さすが大人だ。
「初めまして、谷口不動産から紹介された御園博人です」
「大丈夫です谷口から連絡を受けています」
御園博人さん、と口の中で繰り返し達也は男を観察する。
生え際に白いものが混ざり出した年齢は四十代後半か五十位。
髪は綺麗に整えられ、趣味のいいお仕立てのスーツ姿。
手首に見えた時計はスイスの高級メーカー。
左手の薬指には銀色の指輪が見える。
名前の通り羽振りがよさそうな男である。
「こっちはこのビルのオーナーで私の助手をしている」
「園田香苗です」
みなまで言わせず語尾を引き取って自己紹介をする。
御園の顔は珍しいものを見たかのように目を瞠っている。
(これもまあ見慣れた反応だ)
「この見た目ですけど日本人ですよ。母がスペインの生まれなんです」
商談用のすました顔をしている香苗は生まれも育ちも日本。
スペイン語はできるが英語はその辺の学生レベル。
年の離れた姉はなんと、黒髪に栗色の目の日本撫子だ。
(神様のいたずらか、同じ二親から生まれたとは思えない姉妹だ)
香苗の声に合点が言った顔になる。
日本人からするとうらやましい容姿はコンプレックスだ。
「それは失礼しました。綺麗なお嬢さんだったものでつい見惚れてしまいました」
とお約束の切り返しをして笑う。
御園が持ってきた青い封筒は幼馴染の不動産屋をやっている谷口を介して特別な客を紹介するときに渡してもらうことになっている。
飛び込みではなく一次審査を終えた案件ということである。
わざわざ紹介してもらった仕事だ。もちろん断れない。
香苗の入れてくれた紅茶をすすり目を上げる。
面倒くさいのもあるが基本的に砂糖は入れない。
(今日の紅茶は香苗のお気に入りのジャンナッツのアップルティーだ。どうやら機嫌がいいらしい)
ノートを持った香苗がにこにこと達也の隣に座るのを確認して口を開く。
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